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小説【3周を周り終えたら】

気がつくと私は平地の上に立っていた。

此処はどこなのか、何故此処に居るのかは疎か、いつから此処にいるのかさえ、私は理解できなかった。


此処には私以外に生きてる物はいない。


ただ何処までも続いているかの様な平地と薄気味悪いくらい綺麗な橙色の空。

そして、正確に刻を刻んでるであろう時計がたくさん落ちている。


...だが不思議と恐怖も不安も感じなかった。


此処に来て3日。
いや、正確には此処にいることが分かって3日と言った方が正しいかも知れない。

分かったことは2つ。


此処は朝も夜も来ない。

いくら時計の針が回転しようとも空の色は変わらないのだ。


もう1つは3時と10時に1回ずつ、何処からともなく列車がやって来る。

列車は私がいる付近を3周まわって、また何処かへ消えていく。


私は特に何をする訳でもなく目の前で起きている事象をただ眺めているだけだった_


何日過ぎたのか分からない。
今日もまた、いつもの様に列車がやって来る。

しかし、いつもと違う事が1つだけ起きた。

列車は私の目の前で止まると小窓から運転手らしき人が顔を出した。


...石像......?


運転していたのは手も足も表情もない石像だった。


「乗らないんですか?」

石像は私に尋ねる。
表情は無いが、声から少し苛立っているのを感じた。

私は呆然として石像を見ていた。

「乗らないんですね?」

先程より強い口調で石像は言った。
私は咄嗟に首を縦に振ると、列車は動き出し、消えてしまった。

なんだか心が痛い。
だが、この気持ちは初めてじゃない。

以前にも...何処かで......


私はずっと考えていた。

此処に来てから初めて頭を動かした。
そして決めた。

次、列車が来たら乗ろう_


今日も列車は決まった時刻にやってきた。
また3周まわるのだろう。
3周を周り終える前に言わなければ...
乗せて欲しい、と。


まず1周目。
タイミングをよく見て言わなければ...
まだ1周目...大丈夫。
私は1周目を見送った。


2周目。
よし...そろそろ言う。
...だが、今日はこの前の石像ではなく違う奴だったらどうしよう。
話も聞いてもらえなかったら...?

私があれこれ考えてる内に列車は2周目を周り終えてしまった。


いよいよ3周目。
心臓の鼓動が大きくなる。
言わなければと思う程に身体が動かなくなる。

...というか言ったところで、乗ったところでどうなるのか。

私は無意識に言わなくていい理由を頭の中で探し始めた。
此処から脱出できるとは限らない。
むしろ、今より状況が悪くなるかも知れない。

だったら...このままの方が良いのではないか...

そんな事を考えていると、私の目の前に列車は止まり小窓が開いた。



「いつまでそうやってるんですか?」


石像は強弱もない声で冷然と私に言った。


私は俯いたまま小さな声で返す。

「次は言う...次は乗る...」

石像は黙って小窓を閉めた。
_が、しかしもう1度、小窓を開けた。


「次がある保証なんか何処にもないんですよ。仮に次があっても、あなたには永遠に次は来ない。」



石像は言い終えると小窓を閉め、列車を動かした。


私は何故か少し悔しい思いで軽く地面を蹴った。
次が来たら絶対乗ってやる...



でも、もしかしたら、石像の言う通り、もう次の列車は来ないのかも知れない。
そんな不安はあったが、やはり定刻になると列車はやって来た。


_なんだ、やっぱり来るじゃないか。



だが、私が列車に乗る事はなかった。



列車は今日も3時と10時に1回ずつ、狂うことなく走っている。


〝永遠に次は来ない〟


その意味が漸く分かった。


3周を周り終えたら

私はそれを永遠に知ることはない_

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