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読書感想文 『みどりいせき』

『みどりいせき』 大田ステファニー歓人

第47回すばる文学賞受賞作、なかなかすごい作品だぞ、とSNSで話題になっていた本作。こちらの金原ひとみさんとのインタビューを読んで、かなり気になっていたので図書館で見かけて即借りてしまいました。
このインタビュー、なかなかいいんですよね。文章の感じだけが先行して宣伝されるので、ノリとかバイブスで書いてるんじゃないか、なんていう先入観を持っていたんですが、そういうのがなくなります。当たり前だけど、しっかり考えられているんだなあ、と。そこが非常に魅力的で、気になってしまいました。

『みどりいせき』 表紙はお洒落だけど、少し怪しい感じ。

面白かったです。
文体は慣れるまで少し時間がかかるんですが、以前読んだ『わたしは異国で死ぬ』のような短文で区切るタイプじゃなく、逆に読点でどんどん伸ばしていくような感じで書かれているので、読みやすくてよかった。。ただ、略語とかが何の説明もなく当然のように出てくるので、そうした部分は苦手な人もいるかも、と思います。その上で、本作の独特な世界観の形成に不可欠な要素だとも感じました。
また本作はざっくりと言うと違法薬物を巡る青春物語、という感じなのですが、そうした違法薬物についての知識は全くなくても、なし崩し的に売買の世界に巻き込まれた主人公視点で物語は進んでいくので十分に楽しめます。

個人的に拾えたネタとして、舐達磨というアーティストの「FLOATIN'」という曲の中に登場する「警察は迷惑で不必要」というリリックに似た文章が本文に出てきて、ちょっと嬉しくなりました。
自分はこれしか気づけませんでしたが、他にもそういうパロディのような言葉回しがあるのかもしれないです。

本作の魅力として、読んでてなるほど、なんて思ったのは違法薬物をやったときの主人公の主観です。この描写は面白い。映像じゃなくて文字だからこそ、思考の目まぐるしさや溶け出すような感覚なんかがわかるようで、たぶん本当にやったらこんな感じなんだろうな、なんて思ってしまうくらいです。
それといつの間にか居るべき場所になっていた春やグミ氏、ラメち、先輩との売買グループ。そこにある独特のグルーヴ感。物語の途中で主人公の住む地域に台風が来て売買仲間と一夜を過ごす場面があり、その瞬間が一番危うくて、一番安心できるシーンだったなあ、と。薬物をやりながら、テレビで流れている縄文時代の内容をなぞりながら平和について話す。この瞬間のグルーヴ感は愛すら感じるほどドープで、その瞬間にこそ平和、平穏があったな、なんて感じます。何がどうの、という訳ではないですが、仲間への信頼感や愛を感じるような雰囲気、こういうものを描きたかったんじゃないか、と個人的には思っています。平和や愛、それは共同体の中にある仲間感、そういったものから滲むグルーヴ感だと。
ヒッピー的な平和主張のイメージ。思えばヒッピーの人たちは多かれ少なかれ大麻をやっているイメージがあります。自分はヒッピーの思想や歴史というのに全く明るくないので、単に軍事的な暴力や自然破壊なんかに対するカウンターカルチャーというイメージです。薬物はわかりませんが、確かに音楽や非暴力などの思想は平和的で素晴らしいですよね。音楽というサブカルチャーの力で心を一つにするようなイメージは、個人的にはかなり好きです。文化的に生きるために戦争を放棄しよう、というような。概ねの部分で自分はヒッピー寄りな思想を持っている気はします。

それから家族への罪悪感、死への恐怖、また捕まって終わることへの恐怖。薬物売買で社会を知った気になって小さな社会でちょっとした優越感を覚えていた主人公たちの危うい綱渡りの終わり際の、仲間への他責の気持ちと、それでも他の仲間を庇おうという気持ち、あと最後の諦観に近い薬物の使用とバッテリーの復活。
最後の方は感情の流れがすごくて一気に読み切ってしまいました。もしかしたら色々と大事なテーマがあったりしたのかもしれませんが、もう流れで一気に読み切ってしまったので、終盤はうまくそういうものをキャッチできていません。
ただ親への罪悪感、というのは子どもは持つもので、自分にも思うところがあったりしたので、なんとなく悲しく苦しい気持ちになりました。
基本は性善説で、親は子どもの幸せを望んでいますよね。自分の学生時代は色々なコンプレックスと矮小な自分の大きな自尊心で鬱屈とした日々を過ごしながらしっかりひねくれてしまっていたので、多くの愛を受け取りながらそれを無為にしてしまっていました。かなり、反省しています。。
予備校に行った振りしてブックオフとかで古本探したりとか、安いCDを物色してたりとか、まぁ、今思えば互いにきちんとコミュニケーションが取れていないだけだったな、とは思いますが。やりたいこと全部否定されて、これをやれ、と言われている気がして嫌だったんですね。学校とか、塾とか。なんていうか、上手く愛されて生きるということは非常に難しいことなんだ、なんて勝手に思っていました。
これは間違いで、他人を愛せば勝手に愛されて生きていけるんですよね。別に本当に愛する必要はないんですが、そういう風に見せて働きかける、何かあるたびにきちんとお礼を伝えたり、手を貸してあげたりと、そうするだけできちんと返ってくるんですよね。逆に勝手にひねくれてぶっきらぼうに生きれば、それが返ってきますよね。こういう社会との向き合い方を意識し始めたのはここ数年ですが、大事なことだなあ、なんて思います。

話が逸れましたが、ラストは怒涛の展開で物語が終結に向かいながら、焦燥感だったり後悔だったり、いろいろな感情が出てくるんですが、やっぱり薬物を入れると思考が別のテンポを拾ってきて若干おかしくなるんですね。
そういう感覚は気になる気もするけど、やっぱり怖いなあ、そんな感じでした。

おわりに

物語の奥にちゃんと主題や主張がある気がして、面白かったです。ヒッピーだったり、そういう文化についても少し調べてみたいなあ、なんて思いました。

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