第3回:人とロボットが共に暮らすコモングラウンドを実現するハードウェアとは
コモングラウンド・リビングラボ(以下、CGLL)のパートナーの活動や取り組みを紹介するインタビュー。第3回は、CGLLの拠点であるラボ開設の経緯をはじめ、施設の設計やハードウェアの選出がどのように決められたのかなど、関係者の方々にお話をお聞きしました。
#明治時代の建物に新しい発想を取り入れた実験空間
CGLLは大阪のJR大阪環状線の天満駅から徒歩圏内にある中西金属工業(以下、NKC)の本社内に設けられています。敷地内には明治時代に紡績工場として建てられた建物がそのまま残されており、外観は当時の状態を活かしつつ内装は大幅に改装され、社員が快適に働けるようレイアウトされています。特に赤煉瓦の外観が印象的なレンガ館は、脇を走るJRの車内からも目を引くインパクトのある建物として知られています。
CGLLがあるのはもう一つの本社棟側で、1階は石造風、2階はタイル貼りという、ひと味ちがうシックな外観をしています。中はとても広々としていて、1階には社員がコミュニケーションできるスペースなど、明治時代の建物の中にいると思えないほど素敵なデザインになっています。その一角にCGLLはあり、シェアオフィスと実験場の2部屋で構成されています。
一般的なビジネス空間のように見えるシェアオフィスに対し、隣接する実験場は2階まで吹き抜けになっており、昭和に取り付けられた縦長窓から明るい光が射し込む、あたたかな雰囲気を醸し出す空間になっています。ともすればシンプルで殺風景にも見えますが、実はそこには様々な研究実験が可能にするアイデアと機能、設備が用意されています。
以前に紹介したようにCGLLは、大阪・関西万博の開催をきっかけに誕生しました。万博が誘致に向けて動き出した2018年頃、万博のアドバイザーでもある豊田啓介氏が「これからの都市や社会環境はフィジカルな空間だけでなく、バーチャルとも相互に連動する場を作らなければならず、様々な人たちが集まってフラットに実験を行えるようにすることが必要ではないか」と提案したのに対し、大阪商工会議所(以下、大商)の尾崎裕会頭が「面白いアイデアなのでぜひ実現してほしい」と賛同し、CGLLの実現に向けた動きがはじまりました。
とはいえ、最初から今のような形ができていたわけではなく、CGLLに参加するパートナー企業が意見を出し合う時期が1年ほどありました。全体としては、接続するロボットやエージェントの眼として使えることをイメージしていろいろなセンサーやカメラを設置したり、種類や位置を変えたりすることで様々な実験パターンに対応できることを目指しました。
当初から設計企画に参加していた竹中工務店の粕谷貴司氏は「豊田さんが提唱されるコモングラウンドはデジタルとアナログが組み合わされたような場所で、点群データやジオメトリなど様々な情報を扱えるようにすることがイメージされていました。私は普段の仕事でスマートビルや建物を制御するBIMなどの技術を扱っていますが、それらを実空間とコラボレーションさせることで共創を生み出せる、サイバーフィジカルシステムの基盤ができるかもしれないと感じました」と言います。
一方で参加企業によって異なる研究実験を自由に行える設備や機材を選定し、なおかつ予算内に収めなければいけないという課題がありました。一番の課題は、設備機器同士を連動させ、リモート操作できるようにするという、既存にはない新しい考え方を取り入れることで、設計方法では試行錯誤が重ねられました。
「設備配線や建築工事の調整など細かい部分でディスコミュニケーションがあったりもしましたが、その点は建物を提供するNKCの協力で最終的に上手くいきました。参加する皆さんがプロボノ的にそれぞれのスキルやナレッジを発揮し、会社の枠を越えて社会的に価値あるものを一緒に作り上げたという手応えがあり、個人的には久しぶりの現場立ち合いを楽しみました(笑)」(粕谷氏)
豊田氏もその当時について「パートナーの専門性がばらけていることで、何が不足していてどう拡張性を高めればいいか、話し合いを重ねる度にどんどん見えるようになっていきました。この時からCGLLはとてもいい集まりになるのではないか、という手応えを感じていました」
# 必要最小限の機材を選定し状況にあわせてアップデートする
設備の選定に関わった日立製作所の松原大輔氏は「本当はできるだけいろんなセンサーをたくさん配置したかったのですが、予算の関係もあり、ロングリストの中から基本的に必要なカメラ、LiDAR、センサーなどを選びました」と説明します。
「普通は目的にあわせて設備を揃えるのですが、CGLLは実験を進めながら出てきたいろんなアイデアにあわせて、最先端の機器を取り入れながらアップデートしていくやり方が正しいのではないかと考えました。そこで機器は最小限に抑え、状況にあわせてその都度実験場を改造できるようにしています」(松原氏)
カメラは360度の魚眼カメラと広角カメラを死角がないよう設置し、それらをすべてIP接続可能になるようIoT化するなど、サイバーセキュリティも考慮して細い点まで作り込まれています。通信には共通プロトコルを使い、サーバーラック内に中央監視の仕組みを取り入れることで、空調と照明もクラウドから制御可能にしています。他にもフレキシブルな対応ができるよう、拡張性のあるネットワークスイッチや、ゲートウェイを通じて後から設備機器を追加可能にしました。レイアウトに関しても、照明を設置するバーに設備機器を追加できるようにしたり、電源を天井から使えるようにしています。
「2つの異なる空間と様々な機材設備を使って、リモートでもいろいろ実験を可能にしており、例えば、ディープラーニングを使った人流や着衣量の検知をはじめ、LiDARで物体や空間をすべてリアルタイムで軌跡を追うといったことができます。設備のアイテムは数少ないですが、きちんと考えてインテグレートされているのがポイントです。」(粕谷氏)
CGLLでは、最初から空間を部分的に切り取っていろんな実験ができるようにすることを目指していました。そこで、あえて建物の柱を残したり、壁の素材や色を統一しなかったり、天井をむき出しのままにしてカメラやLiDARの機能を検証できるようにした結果、コスト削減にもつながりました。他にも必要がない扉を内開きと外開きのどちらが苦手か検証できるようわざと残したりしたり、床もロボットが動きやすいようにするのではなく、いろんなタイプが試せるようにしています。
# 拡張と成長を続ける実験の場として本格的な運用がはじまる
CGLLの全体的なコンセプトについて豊田氏は、「実験施設としての使い勝手を大前提に考えながら、せっかくなので建物の味わいを活かして行ってみたくなる、うれしくなる、想像力がかき立てられる場所にしたいと考えました。実験の目的にあわせて機材を追加したり、壁に何かを貼ったり、穴を空けるのも自由ですし、一粒で何度も美味しくなる空間を目指しています」としています。
今回のインタビューに参加したNKCの林雅之氏は、「当たり前にある場所として過ごしている社屋が、CGLLによって新たな価値を見出され、すごい空間になろうとしていることに驚かされている」と言います。「パートナーの皆さんの思いと力によってCGLLがもっと活用され、素晴らしい成果を出すプラットフォームに発展するように貢献したいと考えています。」(林氏)
パートナーからは次に向けた意見も出されており、日立製作所の松原氏は「実験の場としては、特殊なセンサーよりも大量に数を増やしてカメラを碁盤目状に配置し、そこから必要な数や組み合わせを検討すると面白いのではないか」と提案しています。パートナー企業が使いたいものを持ち寄り、テストするのもCGLLならではの使い方になるかもしれません。粕谷氏は協働ロボットに興味があり、「ロボットアームを天井や壁に付けて、SFに出てくるようなマニピュレーターのように使ってみたい」というアイデアも出されました。
豊田氏は制御システムに興味があり、「フィジカルな現実空間では正確に記述する必要があるのに対し、バーチャルではゲーム空間のような設計ができるのか、通常と異なる考え方でいろんなものをつないで動かし、制御する環境を作りたい」と言います。
また、CGLLは実験の場をさらに屋外空間へ拡張し、場所は同じくNKCの敷地内に設けられることが予定されています。
「無機質なデジタルを手ざわりが感じられるものにすることはとても大事です。そうした意味でNKCさんに協力いただけたのはCGLLにとって大きな幸運だと思っています。残念ながらコロナ禍でかれこれ2年ほど実験のしづらい状況が続いてしまっていますが、機は熟していますし、パートナー企業も増えてきたので、これから一緒に実証実験を増やしていきたいですね。」(豊田氏)
参加者(順不同)
・株式会社竹中工務店 夢洲開発本部 課長 先端技術(情報プラットフォーム・XaaS)担当 粕谷 貴司 氏
・株式会社日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ 価値創出プロジェクト リーダ主任研究員 松原 大輔 氏
・中西金属工業株式会社 関連事業室 林 雅之 氏
・CGLLエヴァンジェリスト、建築家、東京大学生産技術研究所 特任教授 豊田 啓介 氏
※ 参加者の所属・肩書等は取材当時のもの