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第5回:人の行動を自発的に変える空間と情報のデザインとは

コモングラウンド・リビングラボ(以下、CGLL)のパートナーの活動や取り組みを紹介するインタビュー。第5回目はCGLL運営委員会アドバイザーを務める摂南大学 理工学部 住環境デザイン学科 樋口 祥明 教授に専門とされている建築環境工学とCGLLの関わりなどについて話をお聞きしました。

摂南大学 理工学部 住環境デザイン学科 樋口 祥明 教授

# 人に優しい空間とはどういうものかを考える

ーー CGLLのアドバイザーに就任されたきっかけを教えてください。

樋口:私が専門とする建築環境工学は建築物の環境や衛生を研究対象としており、竹中工務店に勤務していた時は、空間の室温や風速を予測するプログラムを作ったりシミュレーションをしたり、福岡ドームの空調の仕事では模型実験で空調方式の事前確認をしたり、設備設計や施工を支援していました。また、2010年頃に所属していたエンジニアリング本部では、スマート社会に向けたコンセプト作りにつながるデジタルツインやミラーワールドの技術開発を支援していました。

その頃から、現在は夢洲開発本部部長でCGLLメンバーの政井 竜太さんと一緒に仕事をしており、大阪商工会議所で開催されたCGLL立ち上げ前の勉強会に参加したのがきっかけで、CGLLのことを知りました。また、社内で「超スマートシティ」市場に向けた技術開発チームのサブリーダーをしていたこともあり、CGLL運営委員会の立ち上げにも関わらせていただきました。その後、定年退職して大阪の大学に移ったのを機会にアドバイザーとして関わらせていただいています。

樋口教授と政井氏

ーー 専門とされている建築環境工学についてもう少し詳しく伺えますでしょうか。

樋口:工学は実際に使えるものを作ることを重視しています。大学で教える住環境デザイン学科では建築だけでなく人が暮らす環境について、街や建物やインテリアなど、暮らしに関わる環境とデザインを融合し、情報も意識しながら考える授業をしています。技術研究所時代は人の心理や生理に関する研究もしており、人に優しい環境とはどういうものかを考えてきました。例えば、ビルや建物の温度設定はだいたいの人が心地よく感じるよう平均26℃になるよう設計していましたが、快適すぎると汗をかけない身体になるかもしれず、適度な刺激を与える方が本当は優しい環境なのではないかといった研究をしていました。

ーー アカデミックな視点からCGLLはどのような場所に見えていますか?

樋口:今の情報社会は縦割りで水平方向に繋がりにくいところがありますが、クラウドで組織やいろんな壁を越えた繋がりを横に広げることで情報が統合され、もっと役立つ新しい価値が生まれるのではないかと考えています。CGLLはそうした”実現すると何かいいことが起きるかもしれない”ことを試すことに一生懸命な人たちが集まり、広く繋がれる場になるのではないかと感じます。実験に必要な設備や環境も揃っていますし、アイデア次第でいろんなことができるのではないでしょうか。

ーー 情報が繋がることで出来ることが広がるということですね。

樋口:ロボットはセンサーで情報を集め、蓄積されたデータをロジックやAIを使ってアクチュエータを動かします。人間も目や耳というセンサーで収集した情報を元に口や手というアクチュエータを動かすという点では同じ構造ですし、さらに言うと建物も構造は同じで、たくさん付けられたセンサーで得られた情報を使って空調などの設備をコントロールしています。そこにネットワークが繋がれば、壁の向こうが見えたり気温がわかったり、いわゆる感覚や知覚が拡張された状態になり、昔の知見や将来の予測など時間軸を越えた情報も得られます。

このように情報を大きな塊にすることで、遠くにあるモノをコントロールしたりセンシングできるようになり、そこから新たな協調や価値を生み出せるようになるかもしれません。もちろん、情報の共有には権利やプライバシーといった法的問題も絡むので、どこまで規制緩和できるかという課題もありますが、マンパワーやコストをかける具体的なメリットがあれば、技術的には実現可能だと思います。

# 働きやすい空間はどのように選ばれるのか

ーー アイデアを試す場としてCGLLを使った実験をすでにされたと聞いています。

CGLLを活用した「ABW」に関する実験資料の一部

樋口:働き方が多様化するのに対し、作業効率を高める空間や環境を自分で選ぶことを支援する情報技術や提示方法を以前から研究しており、今回は仕事・行動に応じて、それを行う場所を選択するABW(アクティビティ・ベースド・ワーキング=執務行動)をテーマに、環境性能と知的生産を向上するオフィス空間を考える上で参考となるデータを集めるために2つの実験を行いました。

従来のオフィスは、デスクや会議室の数などを基準に設計してきたので、多様化する働き方にあわせて空間をどう設計すればいいいかというデータはほとんどありません。また、同じ人でもその日の健康状態や仕事内容によって働きたいと思う場所が変わるかもしれませんし、どこでもいいと言われるとかえって選べなくなったりするので、設計も使うのも難しくなります。

そこでまず基礎実験として、照明やレイアウトを変えた3つの空間を用意し、個人の性格やタスク(作業内容)、時間経過によってどの空間が好まれるのかを調べました。

白っぽい照明で堅い感じのフォーマルな空間と、暖色系の照明でインテリアも遊んでいるカジュアルな空間、照明を暗めに落ち着きのある空間、そしてオープンな空間を用意し、タスクは定形(タイピング)、収束(点字の読み取り)、拡散(アイデアを考える生産力テスト)の3つを設定しました。

実験1:タスク毎に場所を選択

もう1つの実験は、作業をしている途中で部屋の明るさや混雑度を変えた場合に選択が変わるのか。また、情報を提供する方法やタイミングによって差異があるのかを調べました。

実験2:情報提示による行動変化

結果ですが、性格やタスクによって選ぶ部屋が変わることがわかりました。性格に関しては外向性が低いと個室、高いとオープンな空間が選ばれますが、アイデアを考えるタスクの場合は開放的な空間やカジュアルな空間が選ばれるという面白い結果がでました。また、情報提供はいずれも選択に影響がある可能性があることが掴めました。

まとめ

今回の実験は2021年の10月頃と11月の終わりぐらいに学生の卒業研究として行いました。時期的に被験者数を集めにくかったため人数が少なく、CGLLもオープンしたばかりで設備もあまり活用できなかったので、次回はセンサーで移動情報を収集するなどもう少し細かいデータも調べるような実験をしたいと考えています。

# リアルとデジタルを繋げて行動の変化を生み出す

CGLLの活用の広がりに期待を寄せる樋口教授

ーー 今後のCGLLに期待されることはありますか?

樋口:やはり今までにない実験場として、これまで出来なかったことができる場になることに期待しています。最初に言いましたように、情報を活用して新しいことが出来るようにするには、実際に繋げて実験する必要があります。それをリアルな場所でやろうとすると無理がありますが、CGLLの中に地域や建物の縮小模型を作り、その中をカメラ付きのロボットで撮影した映像と位置情報と組み合わせれば、あたかも自分が歩いているような状況を作ることができ、その時に移動する情報はマップだけなのか、ARで表示した矢印でガイドする方がスムーズなのかといった実験ができます。いろいろな設備があるので、アイデア次第ですがやれることはかなり広がると考えています。

ーー 次に計画されている実験もあるのでしょうか?

樋口:CGLLとは別の場所になりますが「歩きたくなる街」をテーマにした実験を計画しています。これまでに行動シミュレーションを使って歩きやすい街を考える実験はあったと思いますが、モチベーションにつながるような役立つ楽しい情報の提供で行動を変化させられるか分析しようとしています。上手くいけばそれをアレンジした実験をCGLLで出来るかもしれませんし、新設される屋外の実験フィールドでもいろいろ試せることがあるかもしれません。

いずれにしても、CGLLが目指す、デジタル上に設けた別空間にデータを集めて記憶し、リアルな場所に何らかの形で提供するという本当のデジタルツインを実現するのはかなり大変だとは思いますが、コモングラウンドのプラットフォームが構築されると、空間と時間を全て畳み込んだ情報を使える社会になり、かなり面白くなるだろうと考えています。


樋口 祥明 教授/プロフィール:摂南大学 理工学部 住環境デザイン学科
大阪大学工学部の博士課程を経て1989年に竹中工務店入社。エンジニアリング本部 環境・エネルギー本部長、技術研究所 副所長を務め、2021年4月より現職。2021年4月にCGLL運営委員会アドバイザー就任。専門は建築環境工学。日本建築学会、建築情報学会、空気調和・衛生工学会に所属。著書に「なぜ脳は『なんとなく』で買ってしまうのか?-ニューロマーケティングで変わる5つの常識(ダイヤモンド社・共著」「体内時計の科学と産業応用第20章 体内時計のリズムに配慮した空間設計と省エネルギー(シーエムシー出版・共著)がある。