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ダイバーシティがポーズではなく、本当に必要だと感じた時

安倍晋三元首相が選挙応援中に奈良で凶弾に倒れた、との報がインターネットを駆け巡った時、私は東京・吉祥寺の成蹊大学にいました。

成蹊大学は、安倍氏の母校です。これから同大学の経営母体である成蹊学園の学園長であり、経営学者の江川雅子氏に取材するというので、正門前で他のスタッフと待ち合わせをしていたのです。伺う内容はまったく政治に関わるものではなく、インタビューに影響することも避けたかったので、お会いしている間はおくびにも安倍氏のことは出さず取材を終えました。もちろん江川氏もテーマに集中して対応してくださいました。

その時のトピックは人的資本経営、中でも特にダイバーシティにフォーカスしたものでした。江川氏は著名企業で要職を務めてきた方であり、言葉には重みがありました。この取材で、私はダイバーシティというトピックが、企業にとって完全にきれいごとやお題目ではない重要なアジェンダになっていることを認識できました。少なくとも本質を見抜いている企業にとっては。

ダイバーシティでは、役員や管理職のジェンダーレシオが取り沙汰されることが多く、この面で日本の遅れは顕著で、先進国でも最下位レベルであることはよく知られています。ただ、このときそれとは別に江川氏から指摘があったのは、年齢についてでした。「組織において、若さも多様性の一つ」と言うのです。

まだまだ多くの人が「若いということは可能性はあるが、未熟な状態」と考えているはずで、私も若さが多様性の一つと言われて、最初は分かったような分からないような、しっくりこない印象がありました。

一般に管理職など重要なポストの任用には、今も年次が重要な判断基準になっています。それには一定の合理性があります。失敗も含めてさまざまな知見の積み重ねによって得られるものがあるからです。また、社内では他部署も含めた人間関係が構築されており、社外に対しても同様のことが期待できます。これまでの実績から「問題なく仕事をこなすだろう」と予測できるのも、経営側からすれば任用の理由になるでしょう。

ただ、前例にない若い人材を要職に登用するとなれば、不協和音は社内外に必ず起こり、その人物の指名に至った理由が問われます。たとえ社内の納得を取り付けたとしても、対外的には別のロジックも働きます。重要な得意先のカウンターパートとして、急に若い年次の人材がアサインされれば、先方は「なめられているのでは」と考えかねません。

そんな時に重要なのが、その人物を要職に推したスポンサー(上司など)の存在だと江川氏は言っていました。スポンサーは、社内外への指名理由の説明や、本人との定期的なメンタリングなどでその人材をサポートする重要な存在であり、そのためには、個人的な応援というだけでなく会社として仕組みが必要だというのも印象的でした。

「若さは多様性の一つ」という言葉について、それが最も機能する局面の一つがデジタル領域だという江川氏の言葉を聞いた時、ダイバーシティがうわべの企業イメージ向上や株主・投資家対策などではなく、成長戦略そのものであると理解できました。

AIも含めたデジタル、そしてインターネットは、人類が初めて直面する領域であり、人心掌握や果断な意思決定といった年次を重ねることによって備わり磨かれていく能力ではいかんともしがたい部分が多く存在します。

また、テクノロジーやトレンドの変化も速いため、年長者が時間をかけて理解するのではなく、デジタルネイティブな若い世代に任せて、激変の先端を敏感に補足し続けるべきです。そして周囲は「若輩者のお手並み拝見」ではなく、至らないところを積極的に支えるべき、そう理解しました。

デジタルだけでなく、克服し攻略しなければならない課題は、年齢や性別、国籍などの出自に関わらず、得意な人にどんどん任せる。適材を適所に適時当てていくことこそが、ダイバーシティの意味するところであり、目的もない名目だけの多様性は、意味がないとは言わないまでも本末転倒と言わざるを得ません。

そしてダイバーシティは、今さかんに言われる「共創」(個の得意分野の掛け算による新たな価値の創出)の源泉にもなり得ると理解した取材でした。

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