そら豆の青に思う
緑なのか青なのか。それが問題だ。
と誰かがいったかどうかは分からないが、子どもの頃の私は、「緑」と「青」との違いを文脈の中で理解するのが苦手だった。
そら豆は、青々と実るが、そら豆の色は緑色。
「何かの言葉遊びですか?」
とツッコミたくなるくらいだが、判る人には解る文章だと思う。
◇◇◇
近所の方に、そら豆をいただいた。
「余生を楽しむ感覚で野菜を作っている」とは聞いていたが、実際に目にすると、本当に美しい出来ばえに感心する。
「出来のいいのは道の駅なんかに置いてもらう」と以前話をされていた。おそらく、このそら豆たちは「本来なら」道の駅に並ぶはずのものだったのだ。
だが、このご時世、あまり売れ行きが芳しくないのだろう。
もぎたてのそら豆をいただけることは、嬉しいしありがたかったが、心中は複雑だった。
昨年の秋、台風に襲われ、雑多な後始末に追われつつ、なんとか植え付けた苗だろう、おそらくは。
◇◇◇
おいしくいただくことが、そら豆の世話をしてこられた方へのせめてもの労い。
青々としたそら豆の緑。野菜の香りが食欲をそそる。汗を流して人の力で育てられた美しい輝きをありがたくいただこう。
半分を義姉のところへ持っていった。新鮮なうちにそら豆を味わい尽くすためだ。
何がどうあるべきかなんて、考える余裕もなくなってはきているけれど。
それでも、自分が正しいと思うコトを行動に移す気持ちは譲らずに生きていきたいと思う。
無理のない「全力」で。