人と人とが関わりあって幸福に暮らしていくための研究【チャレンジフィールド北海道研究者プレス#7】
チャレンジフィールド北海道イチオシの先生を紹介する【研究者プレス】。研究はもちろんのこと、研究者ご自身の魅力もわかりやすく伝え、さまざまな人や組織との橋渡しをしていきたいと思います。第7弾は、北海道教育大学函館校の齋藤征人(さいとう まさと)先生です。
人が集まり、暮らす。かかわり合いの中で生活をするという、ごく当たり前だったことが難しくなっている現代ですが、人は一人きりでは生きられません。日々の暮らしのなかでは、ハンデキャップがあってもなくても、ちょっとした手助けに救われる場面もあるでしょう。人が人を気にかけあい支え合う、そんな「やさしい地域」を目指して活動を続けているのが、北海道教育大学函館校の齋藤征人先生です。その原動力である「社会福祉学」について、江差町での取り組みを交えながら、お話しくださいました。
自分らしく生きていく社会の仕組みをつくる
―「社会福祉学」とはどんな学問ですか。
社会福祉学というのは、目の前の困っている人たちを助けたいと、社会学や医学、看護学などさまざまな学問を集めてきて統合した学問です。もともとは応用社会学の一部から発展した学問であり、困窮者の救済のために、心理学の知見や精神分析の手法を活用したのが社会福祉実践(ソーシャルワーク)の始まりといわれています。
という説明ではなんとなく難しく、堅苦しい学問と思われるかもしれません。でも、そもそも「福祉」とは、幸福のこと。人々の幸せや自分らしい人生を実現するための、社会的な努力や方策が「社会福祉」です。
生きていれば、いろいろなことが起こります。もしかしたら、失業するかもしれない、病気になるかもしれない、事故に遭うかもしれない。そして、例外なく誰もが老います。そのとき、自分らしい人生を諦めることなく、幸せに生きていけるような仕組みを「社会福祉」というのです。なので、正解はなく、社会によっても時代によっても変わります。
―時代が変わると、社会福祉も変わる?
幸せを言い換えると、「心が満ち足りた状態」ですよね。それは恒久不変ではなく、そのときどきの環境によって変わります。それならば、時代が移ろえば、幸せとされる状態も変わるのではないでしょうか。
その捉えどころのなさは、社会福祉学の難しさであり、面白さでもあります。人の幸せのために人は何ができるのかを考えるわけですから、簡単には答えが出ません。人は、その日の気分でも関係性の度合いでも振る舞いは異なりますよね。支援する人も支援される人も、いわば変数だから、代入するものによって出力は変わります。唯一の正解がない以上、試行錯誤しながら最適解を探すしかないわけです。
誰かに支えられながら、誰かを支えることもできる
―社会福祉に関わるには、資格や専門知識がないとダメですよね……。
そんなことはありません。社会福祉は、専門家だけではなく、生活者すべてがともに考え、取り組んでいくべきだと、私は考えています。
この分野には、「社会福祉士」という国家資格があります。高齢化社会を見据えて、1986年に制度化されました。社会福祉士は、わかりやすく言うと「日常生活に困難を抱える方がよりよく生活ができるよう、医療・福祉サービスの提供や関係者との連携によって支援を行う人」のことです。
社会福祉士として働くためには資格を取得しなければいけません。主な仕事場となる社会福祉施設では、専門的な知識と技術が求められます。
しかし、社会福祉の対象者は、すべての人。専門性の高い「介護」を必要としている人ばかりではないのです。日常生活の不便を解消するための「介助」があればいい人、車いすをちょっと押してもらうだけで助かる人、買い物代行があれば生活しやすくなる人……と、社会福祉施設の外にもさまざまな人がいますから。
―福祉のための社会的な方策は、介護や介助だけではないのですね!
そうなのです。資格や専門知識がなくてもできることはたくさんあります。しかも、障がい者や高齢者が支援されるばかりとはかぎりません。一例をあげると——私は、北海道教育大学函館校に着任する前、帯広市内にある障がい者の就労支援事業所にいました。支援員をしながら取り組んでいたのが、地域の支え合い体制づくり。廃校となった中学校を活用して「市民活動プラザ六中」の開設にかかわり、障がい者と地域住民がお互いに理解を深めながら支え合える場へとつくり変えていきました。そのなかで、障がい者と一緒に地域を回り、買い物代行などを引き受けたのです。そのサービスを利用した住民のみなさんから、「とても助かるわ!」と感謝の手紙をいただいたとき、障がいがあっても支える側になれるのだ、そして、地域の人たちと一緒に、その地域をより暮らしやすくしていけるのだと、あらためて気づきました。これは、高齢者にもいえることで、誰かに支えられながら、誰かを支えられると思うのです。
―「支え合い」とは、「共助」や「互助」といわれるものですか?
厚生労働省によると、「公助」は税金、「共助」は社会保険、「自助」は自分によってまかなわれる生活支援・福祉サービスであり、「互助」は、自発的な支え合いです。
なので、支え合いは互助といえます。ただ、互助よりは「地域共生社会」と表現するほうが、私のイメージしている支え合いに近いです。高齢者も障がい者も健常者も誰もが、それぞれの得意を生かして、無理なくできることをしたら、それが誰かのためになり、回り回って自分の生活を支えていた……という感じでしょうか。その地域の人たちの個性や強みが循環して、お互いに支え、支えられて、より暮らしていける地域にしたいですね。
江差町の住民自らが、福祉のまちづくりに乗り出す
―齋藤先生が携わっている江差町「まちづくりカフェ」とは、どのような活動ですか。
この「まちづくりカフェ」は、江差町の住民を対象とした「住民による、住民のためのまちづくり」を考えるワークショップです。主催は江差町、運営担当者は地域包括支援センターの生活支援コーディネーター、私はアドバイザーとして参画しています。2015年の改正介護保険法の施行に伴って創設された「生活支援体制整備事業」の一環として、2016年度に始まりました。
これは、江差町の人たちが日々の生活を営むなかで突き当たる課題、すなわち「地域生活課題」について、みんなで話し合い、みんなで解決策を考え、それぞれができることをして、誰もが自分らしく生きていける地域にしていこうという取り組みです。
参加者は、わが町の抱えている生活課題にしっかりと向き合い、それぞれの関心ごとや得意なことを組み合わせ、掛け合わせて、いろいろなアイデアを出しました。そのなかから、昔ながらの知恵や伝統を次世代へとつなぐ「ものづくり」、食を通じて人と人とをつなぐ「自給自足」、健康促進のためにできることを考える「江差ウォーカーズ」などのプロジェクトが発足。工夫を凝らしながら、さまざまな試みに取り組みました。
―住民のみなさんのアイデアを推し進めるだけで、地域生活課題は解決するのでしょうか。
それは難しいかもしれません。というのは、生活課題とは関係のないアイデアもありますから。例えば、まちづくりはまちづくりでも観光まちづくりとか。ただ、「まちづくりカフェ」では、参加者の主体性を最重視したので、観光の関係者と連携してアイデアを生かす方法を探りました。
福祉のまちづくりの終着点は、地域の人たちが住み慣れた土地で、安心して暮らし続けるための体制づくりです。住民たちで自走できなければいけませんから、参加者の主体性を最優先しました。だから、いろいろなアイデアを育てて花を咲かせてもらえばいい。その花を、「社会福祉」流にアレンジして、地域生活課題の解決に結びつけていくのは専門家の役割だと考えています。
参加者主体の活動は6年にわたり、2022年、NPO法人「まちカフェ江差」として結実しました。地域生活課題を解決するために自走する団体の誕生は、「まちづくりカフェ」最大の収穫です。
一方、活動期間中には、参加者だった高校生が、江差町役場に就職してワークショップを運営する側になりました。この元高校生は、その後看護学校に進学して、社会福祉のみならず保健医療の勉強を深めています。これもまた、大きな収穫だと思うのです。地元の若者が、意識や役割を変えながら自分の町と関わっていく姿を見ていると、江差町の未来は明るいと思えますから。
異業種との協働から、みんなが暮らしやすい地域はつくられる
―福祉のまちづくりは、地域が自走できる仕組みが完成したあと、どのように進めていけばいいのでしょうか。
江差町の例でいうと、「まちづくりカフェ」の次のステップとして「ネクストイノベーション」が、2022年度から始まりました。NPO法人をはじめ、個人と個人の関心ごとからつながった団体がいくつも出てきたので、いまは、団体と団体を掛け合わせる試みを行っているところです。
団体と団体のコラボレーションによって新しい価値が生まれ、江差町が活性化すればいいなと。その先に、地域生活課題の解決があるはずだと期待しています。
―社会福祉のためには、どんなコラボレーションが必要ですか。
例えば、保健医療と福祉のコラボレーションは、いまや当たり前です。なので、これからの社会福祉は異業種の民間企業と手を結ぶことが重要になると考えています。社会課題の解決に関心を持つ民間企業との取り合わせなど、いままでにはない協働から新しい価値が生まれるのではないでしょうか。
あとは、各地域の学校との連携は意識したいですね。江差町での活動のなかで、地元の中学生や高校生が参加する意義がわかってきたこともあって、学校に協力してもらうばかりではなく、福祉のまちづくりが、学校の教育活動にどれだけ寄与できるかを考え続けています。
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齋藤先生の言葉で印象に残っているのは、「私はとても非力なんです」。社会福祉の専門家として地域に入っても、できることは少ないといいます。だから、その地域の専門家である住民たちに寄り添い、一緒に悩み、考えているだけなのだと。そして、ずっと同じ地域だけにとどまっていられないからこそ、地域が自走できるように住民の主体性を大事にしているのです。「私が地域に入って影響を与え続けることは、その地域にとっては健康的ではありませんから」。
地域もまた人と同じなのかもしれません。何か困りごとがあれば、誰かを頼り、支えられ、それが解決して元気になったら、また一人で立ち、今度は誰かを支える——。目の前の困っている地域を助けたいと、専門知識と実績を携え、齋藤先生は奔走しています。
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