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土と塩で電気をつくる、半導体で効率よく電気を使うための研究【チャレンジフィールド北海道研究者プレス#6】

チャレンジフィールド北海道イチオシの先生を紹介する【研究者プレス】。研究はもちろんのこと、研究者ご自身の魅力もわかりやすく伝え、さまざまな人や組織との橋渡しをしていきたいと思います。第6弾は、北海道科学大学の村口 正和(むらぐち まさかず)先生です。

▲ダウンロード版はページ最下部にあります

昨今の国際情勢の影響もあり、燃料価格の高騰が家計に響き続けています。もともと日本は資源に乏しく、エネルギー自給率は11%ほど。一方、化石燃料依存度は80%を超えています。日本のエネルギー問題は、化石燃料よりも環境負荷が低く、低コストで安定供給できるエネルギーがないと解決しそうもありません。打開策となりうる研究をしているのが、北海道科学大学の村口正和先生です。土と塩からつくる発電装置と、電気を効率よく使うための半導体技術の開発に挑んでいます。

土と塩から「熱で発電する材料」をつくる

―ビジネスEXPO(註1)に出展されていた研究を興味深く拝見しました。

ビジネスEXPOには、「土壌と塩から北海道発エコフレンドリー熱電材料を創出」と題して出展しました。これは、土と塩から新しい熱電材料をつくる研究で、北海道科学大学と日本原子力研究開発機構、筑波大学、和歌山大学が共同で取り組んでいます。

註1 ビジネスEXPOは北海道最大級のビジネス展示会。大学をはじめ研究機関や企業、自治体などが出展、情報を発信することで、技術交流や協業、販路拡大などを目指す。

▲2023年11月に開催された「ビジネスEXPO」の出展ブースには多くの来場者が訪れ、
村口先生や学生たちの解説に聞き入った

―「熱電材料」とは何ですか。

「熱電材料」は、熱を電気に変換する材料です。それを用いた発電方法を「熱電発電」といいます。もう少し具体的に説明すると、物質の中に熱いところと冷たいところをつくると、その温度差から電気が生まれるのです。この原理を「ゼーベック効果」といい、多く発電するほど良い熱電材料といえます。熱電発電は新しい技術ではなく、昔から知られていて、古くは宇宙開発にも利用されました。宇宙探査機ボイジャーに搭載された原子力電池も熱電発電の仕組みを用いています。

温度差により発電できるというのは便利で良さそうですが、じつは、あまり普及していません。原因は、材料にあります。ビスマス(註2)やテルル(註3)、鉛などが使われますが、「稀少である」「高価である」「毒性が強い」「環境負荷が高い」といった欠点があるのです。そのうえ、熱を電気に変換する性能にもまだ伸びしろがあります

一方で、いろいろな産業や生活のなかで、「熱」が捨てられています。鉄工所やゴミ焼却炉から出る熱、自動車の排熱、パソコンやスマートフォンも使っていると熱くなりますよね。多くのエネルギーは使われずに「熱」として捨てられていて、その量は意外と多いのです。近年、エネルギー問題が深刻になるなか、未利用熱を有効活用しようという気運が、高まってきました。ひとつの方策として、熱電発電が見直され、新しい熱電材料の開発が急がれているのです。

註2 ビスマスは赤みがかった銀白色の重金属。電気や熱の伝導性は高くなく、融点も低い。
註3 テルルは銀白色のレアメタル。毒性が高い。

▲熱電発電の仕組みは、熱電材料を組み合わせ、その温度差で電気を起こす

―「土」と「塩」が、エネルギー問題を解決するかもしれないのですね。そもそも、なぜ「土」と「塩」に着目されたのですか。

もともとは、共同研究者である日本原子力研究開発機構の本田充紀さんが、福島第一原子力発電所の事故により放射性物質が吸着してしまった土壌の除染について研究していました。その過程で、「土」に「塩」を混ぜ込み、高温にして処理すると、放射性物質が取り除けて、さらに「土」の性質がちょっと変化することがわかったのです。この技術を使えば、新たな機能性材料(註4)がつくれるかもしれないということで、大学院時代から交流のあった私に声がかかりました。

ただ、「土」と「塩」が新しい熱電材料になるだろうという感触はあったものの、どんな性質があって、どう応用できるのかはまだよくわかりません。そこで、和歌山大学の小田将人さんと筑波大学の石井宏幸さんにも入っていただき、材料物性(註5)と応用物性(註6)の研究を同時に進めることにしました。
正確にいうと、「土」は、粘土に含まれている「粘土鉱物」です。主成分はアルミニウムやシリコン(ケイ素)、鉄。どれも、地球の地殻をつくっている、ありふれた物質です。また、「塩」にもいろいろな「塩」がありますが、おおまかにいうと「塩素を含む化合物」で、食卓塩ではありません。この「土」と「塩」をいろいろと調整しながら、実験を重ねてきました。私たちのつくる熱電材料は、従来の熱電材料の欠点を解消できたと自負しています。なにしろ「土」と「塩」ですから、豊富にあり、安価で、もちろん安全です。

註4 機能性材料は従来の材料にはない機能を有する材料。熱(温度差)に反応して電気を発生する熱電材料もそのひとつ。
註5 材料物性とは、硬さや粘度、密度、電気や熱の伝導性など、物質のもつ特性。
註6 応用物性とは、物性の発現や制御、その応用として新しい材料や装置の開発など。

▲風化黒雲母に塩を添加して創出した熱電材料(特許出願準備中)

目には見えない熱の測定法を開発するところから

―実用化に向けての取り組みを教えてください。

どんな研究も同じなのですが、良い材料が完成したらそれでおしまいというわけではなくて、多くの研究はそこで死んでいきます。「死の谷」と言っていますけれど、それを越えるのは簡単ではありません。いまは、社会や企業のニーズに対して、どのように実装していくのか——それを考えながら、熱電材料の開発を続けています。実用化に向けては、モジュール(部品)やデバイス(装置)の開発が得意な企業と協業したいですね。

熱電材料の基本は、「熱は伝わりづらく、電気は流しやすい」。なぜなら、熱が伝わりやすいと温度が均一になってしまい発電できず、電気が流しづらいと発電装置として機能しないからです。ただ、一般的には、電気を流しやすい物質は熱も伝わりやすいため、一筋縄ではいきません。

実験を重ねてみると、いろいろと壁にぶつかります。いま、つくづく難しいと実感しているのは、熱の制御です。熱は高温部から低温部へと移動しますから、放っておくと温度は均一になります。なのに、熱電材料は温度差を保ち続けなければいけません。ところが、熱というのは目に見えないので、温度差を知るのも難しいのです。

―温度計や体温計の仕組みではわからないのですか。

熱電材料に関しては、温度を測れるだけでは不十分なのです。たとえば、サーモグラフィを使うと表面温度は測れますが、熱の伝わり方は見えません。熱がどう伝わって、どう逃げていくのか。そこがわからないと、熱電材料のなかに温度差をつくれないのです。
いろいろと調べてみたところ、じつは、世界標準の測定法がまだ確立されていないようで、研究グループごとに数値が違うことも。熱の測定技術そのものが、研究開発の課題ですね。なので、熱の計測技術には熱学や機械工学の研究者とのネットワークを広げられるといいなと思っています。

ほどほどに電気を流す半導体の研究を幅広く

―村口先生のご専門であり、いま注目の「半導体」とは何ですか。

半導体は、パソコンやスマートフォンなど、さまざまな電子機器を動かすモトです。どのようなものかというと——。物質には、電気の流れる「導体」と電気の流れない「絶縁体」があります。その中間の性質をもち、ほどほどに電気を流すのが「半導体」です。代表的なのは、シリコンやゲルマニウム。ただ、純粋な結晶のままでは、ほとんど電気は流れません。不純物をちょっと入れると、電気が流れるようになります。しかも、面白いことに、不純物の種類によって、「プラス」と「マイナス」をつくり分けられるのです。プラスの半導体とマイナスの半導体を接合すると、電気の流れを制御できるようになります。
半導体でつくる電子回路を半導体素子(デバイス)といい、発光ダイオード(LED)やトランジスタ、半導体集積回路(IC)などにあたります。

半導体技術の動画 (北海道科学大学YouTubeチャンネル)

―「半導体」を研究するきっかけは?

中学生・高校生のころ、「これからはナノテクノロジーだ!」と言われていたこともあり、大学生になったら原子や分子を扱う研究がしたいと思うようになりました。その後、早稲田大学に入学して、材料物性の研究に興味をもったのがきっかけです。
当時は、半導体の中で電子がどんな状態になっているのかなど、物性を特定する研究をしていました。大学院を修了したあと、ポスドク(博士研究員)として筑波大学に行き、そこで、半導体をデバイスに応用していく研究に携わり、だんだんと研究の幅が広がりました。

電気を効率よく使うため、次世代の半導体技術を開発したい

―「半導体」の研究では、いま、どんなことが求められていますか。

ビジネスの視点からいうと、半導体は開発のサイクルが早ければ早いほど儲かるものです。ただ、次世代の半導体をつくろうとしても、設計から完成まではすごく時間がかかるうえに、試作するだけでも何億円という莫大なお金がかかります。失敗は避けたい。なので、半年がかり、一年がかりと時間をかけて、半導体を形成する薄膜の厚さやデバイスにかかる電圧などを精密に計算して、成功の確度を上げます。このようなシミュレーションが非常に大事なのです。
そのシミュレーションの一部を担える仕組みを構築しようと、研究を進めています。いま手がけているのは、AIを用いて半導体の電気の流れをモデル化すること。現在、半導体はナノスケールでの加工になるので、添加する不純物のちょっとした偏りが、半導体素子(デバイス)の電気の流れを変えてしまいます。デバイスというのは電気の流れを制御するものですから、ばらつきがあると正常に動作しません。それは、電気のムダにもつながってしまいます。だから、一つひとつの半導体が均一に動くことが重要です。そこで、不純物を添加したときの電気の流れを、AIで簡単にシミュレーションできるようにモデル化したいと考えました。そうすると、半導体の設計も簡単になるはずですから。

―これからの目標は?

学生たちによく言うのですが、エネルギーをつくることは大事だけれど、エネルギーを賢く使うことも同じくらいに大事です。せっかくたくさん生み出しても、じゃぶじゃぶと使ってしまってはダメ。なので、熱電材料を探求して、安価で安全な電気をつくり、半導体を探求して、効率よく電気を使えるようにするために、これからも二つの研究を進めていきます。
そして、研究開発を通して地域の発展に貢献したいですね。熱電発電にしても半導体にしても、地元の企業と組んで研究開発をしていくなかで、新しい雇用が生まれたり、新しい研究分野が生まれたりするといいなと考えています。

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村口先生の言葉で印象的だったのは、「ロマンに寄った研究」。熱電材料の共同研究者は全員が、なかなか恵まれていない氷河期世代だから、たまには面白いことをしよう!と、研究開発に着手したのだといいます。地球をつくっている「土」と、さまざまな「塩」を組み合わせて高温で焼き固めると発電装置がつくれて、ムダに捨てられている熱を電気に換えられるようになると聞くと、確かにわくわくします。
このロマンの源は、SF小説にあるのかもしれません。村口先生は、子どものころから読書好きで、本を通しても科学や先端技術の世界にふれたといいます。もちろん現実は小説どおりではなく、研究というものは成果を求められ、とりわけ科学や先端技術は社会課題の解決策として期待されがち。そのなかにあって、ロマンを感じられる研究が、やがて日本のエネルギー問題を解決する——それこそが、ロマンであり、研究の真髄なのかもしれません。
村口先生は、SF小説からナノテクノロジーに興味を抱き、そこから半導体の物性、応用の研究を続け、さらには「電気」から「熱」へと研究対象を広げてきました。SF小説の世界を現実化するような、SF小説のようにわくわくする研究から目が離せません。

[プロフィール]
村口 正和(むらぐち まさかず)
北海道科学大学 工学部 電気電子工学科 教授
出身地は東京都。小学3年〜中学1年を北海道で過ごす。2001年、早稲田大学理工学部を卒業、同大学院にて2003年に修士(工学)、2007年に博士(工学)を取得。同年、博士研究員として筑波大学に着任。2008年博士研究員、2013年助教、2015年准教授として東北大学での勤務を経て、2018年より現職。
連絡先:muraguchi-m@hus.ac.jp

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