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「できないことがあるのは当たり前」 障害者など働く人の多様性を受け入れる社風づくり

双葉メンテナンス工業

日本では障害者雇用促進法により、民間企業に対して障害者の雇用が義務付けられています。2021年3月から法定雇用率(社員数に対して雇用するべき障害者の割合)は2.2%から2.3%に引き上げとなり、大手企業が採用に力を入れる中、少ない人数で経営している中小企業にとっては難易度が上がっているといえます。

そんな中、双葉メンテナンス工業株式会社は約10年前の障害者雇用をきっかけに、多様な人が働ける環境を整えてきました。障害者を雇用するメリットは、法律が定める指標の達成や、社会貢献だけではありません。取り組むことで業務内容の見直しや、働く環境整備にも繋がるのです。

地域の担い手として期待される地場の企業が、どのようにソーシャルビジネスやコミュニティビジネスに取り組んでいるのか。きっかけやプロセス、課題は何なのか。その事例をお伝えしていくシリーズ第3弾。

京都府京都市下京区にある双葉メンテナンス工業株式会社・代表取締役社長 山下 耕平さんにお話を聞きました。

<話し手プロフィール>
双葉メンテナンス工業株式会社 代表取締役社長
山下 耕平さん

大学卒業後、アパレル会社勤務を経て、販売代行会社を起こし独立。2002年双葉メンナンス工業入社。祖父・父からのバトンを繋ぎ2007年、31歳のときに代表取締役社長に就任。NLP(神経言語プログラミング)を学び、日本NLP協会の認定資格「NLPマスタープラクティショナー」を取得。

●人手不足がきっかけで支援学校の授業を見学

「双葉メンテナンス工業株式会社について教えてください」

ビルメンテナンス業を営む会社です。病院、学校などへ出向いての清掃やベッドメイキングといった仕事が日常業務となります。1959年、私の祖父が双葉ビルクリーナー株式会社として創業し、1975年に現在の双葉メンテナンス工業株式会社という社名になりました。私は2007年、31歳のときに、父からの代替わりで代表取締役社長となりました。

仕事の鍵を握るのは「人」。業界全体としては中高年の働き手が多いのが特徴です。例えば60歳を過ぎて入社し10~15年ほどで退職となることが多いわけですが、優れた人材の供給、そして少しでも長く満足して働いてもらうという部分を大切にしています。帰属意識を持ってもらうために、勤続表彰、いい仕事ぶりを表彰するアワード、お花見を開催するなどの社内イベント企画にも力を入れています。

「一人ひとりが主役になろう」という経営理念は私が社長になってから掲げました。会社で働く時間は、家族といる時間より長くなります。仕事の時間が楽しくないと、人生は楽しくないんじゃないか。自分の理想、ありたい姿を明らかにして、自己実現をしていこうよ、というメッセージです。

パート・アルバイトを含め、現在293人が働いています。その中で、障害者は13人。障害を持っていようとなかろうと、同じ給料で働いてもらっています。人間の性格が様々であるように、彼らにもいろいろな特性があります。働いているのは、先天的な発達障害、感覚過敏などをもつ知的障害者が6人、その中で重度とされている人が1人。ペースメーカーを入れている人や、右半身が動きづらい人、難聴など身体障害者が5人。ストレスなどで病院に通いながら働く精神障害者が2人です。それぞれ、自分の障害の特性にあった業務を担当しています。


「障害者雇用のきっかけを教えてください」

約10年前、人手不足が深刻だったことがきっかけです。募集しても人が集まらず、もともと中高年が多い業界ですから、人材採用は常に課題でした。幅広い人を採用していこうと考えているときに、同業の社長の方から「うちは障害者の人がたくさんがんばってるよ」と聞き、関心を持ちました。

同業者の集まりである京都ビルメンテナンス協会の繋がりで、企業・事業所を対象に京都市立鳴滝総合支援学校 生活産業科の見学会が年に数回開催されていると知り、参加しました。授業を見学したところ、私たちが業務としてやっていることと大きな違いはありませんでした。うまくいけば、十分戦力として採用できるのではないかと思いました。

といっても、初めてでわからないことだらけですので、急にマッチングというわけにはいきません。学校と話し合いながらまずは「実習」、いわゆるインターンシップのような形でスタートしました。第一段階として、目が届きやすい我が社の事務所ビルの清掃業務を2週間ほど続けてもらいました。現場をまとめる主任と話し「これくらい会話ができて、作業もできるなら大丈夫そうだ」となって、第二段階目は我が社の社員が実際に働くお客様の現場にかけあい、実習。こういった経験を重ねて、1人、採用となりました。

ほかにも数人、実習に来てもらいましたが、残念ながら、「お客様の現場には行けない」という判断になりました。高校生が実習に来ること自体が初めてのことでしたし、経験を重ねることで現場の不安が蓄積するようではいけないと感じました。そこで、受け入れる土壌づくりとして主任への教育も進めることにしました。


●多様性を受け入れる社風をつくる

「社内での教育はどのように進められたのですか」

もともと、月に一度は主任クラスが集まる会を開催していました。技術研修や現場の報連相を行っていたのですが、コミュニケーションの研修をすることにしたのです。

具体的には、午後3時からが座学で、午後4時からは、「GOOD & NEW」をテーマに自由懇談。現場のできごとを各主任が報告しあいます。

前半の座学が、コミュニケーションを学ぶ場。自閉症とは? 統合失調症とは? ほかに、私自身がもともと関心を持っていたNLP(神経言語プログラミング)、心理学といったテーマです。録画したテレビ番組や動画を見たり、私が学んだNLPの話を聞いたりして、どう思ったか意見を共有します。

自分たちは圧倒的にコミュニケーションが下手だということを前提に学びましょう、という部分を大切にしています。日常的に仕事で使う専門用語のほか、「ああしといて」、「こうしといて」という表現は、障害の有無に関わらず初めて現場に入る人に通じないのは当然です。障害というのは医療的に判断されているというだけのこと、という理解に繋がってきます。


●主任クラスのスタッフを中心に「優しくなった」 職場の変化

「研修を重ねての変化はいかがでしたか」

時を経るごとに「多様性のある人たちを受け入れられへん、教えられへんというのはかっこわるいよなぁ」といった雰囲気になってきました。「私の現場で(障害者と働くことに)チャレンジしてみたい」と手を挙げる主任も現れました。

変化が印象に残っているのが、25人を束ねる大きな現場の主任。もともとは職人気質なところがあるリーダーでしたが、障害者や外国人技能実習生を受け入れる中で、徐々に「できないことがあるのは当たり前」と考えが変わっていったのか、仕事の仕方が優しくなってきました。その主任の姿を見てのことでしょう、ほかの主任たちにも影響が広がり、社内全体で多様性を受け入れる雰囲気ができてきたように思います。

「逆に、障害者雇用を進めてきて問題はありましたか」

大きなものは特にないと思います。我が社が請け負っている業務の大部分はビル内での仕事で、比較的安全です。また、安全衛生教育と危険作業の禁止を徹底しており、障害の認定を受けたスタッフの労災事故はゼロです。雇用に関して、企業としては国からの助成金がもらえるというメリットもあります。

欠勤がたまにあるスタッフもいますが、それも想定済でまわりがフォローできる体制を整えています。まわりとしても、欠勤の可能性はわかっているので「あ、きたな」くらいのことかと思います。


「人手不足の課題は解消されましたか」

人手不足自体は永遠の課題かもしれません。5年前から外国人技能実習生も働いています。これまで8人を雇用してきました。まったく日本語が通じない彼らを一から受け入れる体制を作るとなると大変かもしれませんが、我が社は障害者雇用の経験から、スムーズでした。日本語が通じないというのは、「できないことがある」ということで、障害を持つ人とのコミュニケーションの取り方と似ているわけです。


●これからも様々な立場の人を採用できる受け皿に

「障害者の採用について、今はどのように行っていますか」

現場の主任と、彼らをサポートする本社の管理担当がメインとなって、採用するかどうかを判断しています。以前は必ず実習を経験してもらっていましたが、実習を飛ばして応募者の特性を聞いた上で即採用、というケースも増えています。

最初の接点としては、支援学校や京都ジョブパーク(ハローワークと緊密に連携し、相談から就職、職場への定着まで、ワンストップで支援する総合就業支援拠点)であることが多いです。中小企業向けに採用の機会を作ってくださっているのでありがたいです。京都ジョブパークの障害者就業・生活支援センターを通じてやって来て、社内で開催する一般従事者向け研修に参加してもらい、採用が決まった人もいます。また、直接当社の採用ホームページの「新着求人」を見ての応募もあります。

「毎年必ず採用」というわけでなく、ご縁があってこの仕事に興味をもってもらえたら一緒にがんばろう、というスタンスです。大手企業も障害者雇用に力を入れるようになり、支援学校から我々のような中小企業のビルメンテナンスに就職すること自体、少なくなってきました。

そんな中でも、昨年は精神障害者と、右半身が動かない身体障害者の2人が入社しました。なんで採用したのかを管理担当者に聞いてみると、「ほかの会社で採用してもらえなかったんですが、うちなら活躍できます」と。10年取り組む中で、社内での採用のハードルが確実に低くなっていることを感じ、嬉しかったです。「採用してみて現場が合わなかったら、別の配置を考えればいいよね」と、スタッフたちが工夫しています。


「ソーシャル企業認定制度に認定されています。どういった社会的な役割を果たしていきたいですか」

  • ソーシャル企業認証制度・・・京都信用金庫、京都北都信用金庫、湖東信用金庫、龍谷大学ユヌスソーシャルビジネスリサーチセンターの間で締結された協定のもと、社会課題の解決やESG経営を目指す企業に対し、経営方針や事業内容、社会的インパクトなどを基準に、評価・認証を行う制度です。

やはり、採用の部分です。障害者や外国人技能実習生の採用のほか、2018年からスタートしたのが、高校の新卒採用「夢実現コース」です。正社員として働きながらお金貯め、夢が見つかったら辞めてもいいよ、というもの。高校を卒業する18歳だと、自分にとっての夢がまだ見つかっておらず、情報が少ない中で就職を決める人が多いです。学校の先生や親から「ちゃんと就職しなさい」と言われて、本人にとって就職が苦肉の選択、というケースもあります。会社としては、期間が短いながらも働いてもらえれば助かるので「辞めてもいいよ」という形でも、受け皿になりうると思っています。

毎年1人はこのコースで採用しています。最近は「夢を持たないと」といった風潮も感じますが、こつこつ仕事をして生きて存在しているだけでも十分価値あります。こういったメッセージを発する会社が増えていってもおもしろいんじゃないでしょうか。


「印象的なエピソードはありますか」

支援学校の生徒が、実習を終えたあとに手紙を書いてくれるんですが、10年前、実習の現場で一緒に働くスタッフたちを見て「こんな大人になりたいです」という手紙をくれた高校生がいました。その手紙を、受け入れを担当したスタッフたちに見せると「そんなふうに思ってくれてたんやな。自分らも、もっとがんばらなあかんなー」と、とても励みになっていました。普段している何気ないことでも、人にこんなふうに影響を与えている。多様な立場の人と働くからこそ、自分の役割を改めて知ることができます。

「こんな大人になりたいです」と手紙をくれて、18歳で入社した彼女は今、28歳。今では後輩が実習に来たときには指導する立場です。彼女のストーリーは動画にまとめ、研修などの機会にスタッフに見てもらうようにしています。

(取材・執筆 小林美希(こばん))


<推薦者より>
事業をいかに続けていくか。次の世代につなげていくか。京都の中小企業の経営者の方と話をしていると、多くの方の関心が「継承」にあることがよくわかります。
双葉メンテナンス工業株式会社の山下社長、そして従業員のみなさんが取り組んでいるのは「障害者の働く場をつくる」ことでも「障害者の生活しやすい社会を作る」ということでもないでしょう。自社のその時の課題を解決するために始めた取り組みがたまたま障害者の雇用であったことがインタビューから伺えました。
ただそれを続けることで障害者の方が働く場が維持されました。従業員の考え方や接し方が変わり、次の雇用が生まれ、またその影響が繋がっていることがわかります。
冒頭の「承継に関心がある」ということはオーナーが会社を我が子に引き継ぎたいという事業承継だけではありません。従業員やその家族の生活、取引先や顧客の商売をいかに続けていくかを考えながら事業を続けている経営者の方が多くいます。そういう企業が増えることで地域の持続可能性が高まるのではないかと考えています。今回の山下社長も地域に欠かせない経営者の一人です。

一般財団法人全国コミュニティ財団協会 理事/公益財団法人京都地域創造基金 専務理事 可児卓馬)

Writer:小林美希(こばん)

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