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4 まぶたのうらの幻想、集中治療室から普通の病室へ

 集中治療室を一度姉が見舞いにきた。大学の授業料免除に関する書類についてかわりに出しておいてくれることなどを聞いた。姉は看護師らに言われて、病室においてある私の荷物をロッカーに預けにいった。看護師は照明を暗くし、私はまた一人になった。

 暗くなった集中治療室は外からの光と混ざり合ったのか部屋のなかにある照明の効果なのか、紫と黄色、そして青のコントラストを基調にした神秘的で近未来的な様相をしめしていた。
 眼を閉じると、その色彩はまぶたのうらにまで侵入していた。鮮やかな黄色の地に紫の図形がうごいている。これはどういうことだろう。今までも目を閉じればチカチカした光の薄暗いもやのようなものが見えることがあった。だがこれはそれとは全く異質である。なぜこんなバージョンアップが唐突に起こったのだろうか。
 この原因を私は自分が先ほど受けた開頭手術に帰せた。手術の際、頭蓋骨に穴を開ける必要があったらしいが、この「頭蓋骨に穴を開けること」を「穿頭」「トレパネーション」と呼ぶ。この施術はさまざまな文化で神秘主義的な目的のために行われ、インカの神官らもこれを受けていたと、どこかで聞いたことがある。開頭手術を受け、脳内の圧が解放されたことが、私に似たような効果をもたらしたのかもしれない。

 はじめは簡単な図形の複雑なくみあわせのようなものしかまぶたのうらには現れなかった。だがしばらくすると、きわめて具象的なイメージが現れるようになった。鳥の紋様のかかれたどこまでもつづく絨毯が目の前をどこまでも流れてゆくイメージ、緑色の無数の様々な小虫どもが跳ねながら行進してゆくイメージ、グズグズと血をふきだす肉のイメージ・・・・・・。

***

 集中治療室から普通の病室へ移動することになった。ベッドからストレッチャーに移し替えられて運ばれていくのだが、ひどい吐き気に襲われた。そこでピンク色の小さなトレイ(とはいっても嘔吐物を受け止めるためのものなのでそれなりの容量はある。口の端から嘔吐物が流れる場合を想定したためか、湾曲した、三日月というかバナナのような形をしている)をもらった。思いっきり吐き出すと、きわめて濃い色の液体が出てきた。私は一瞬血かと思った。赤くはない液体なのだが、照明の影響があれば血がこんなふうに見えてもおかしくはないと思えた。だがそうではなく看護師によるとこれは胆汁なのだそうだった。
 全身麻酔のために私の消化器官は一時的にまったく休止していた。それが活動を再開したためにこのように嘔吐することがあるらしい。そのように私は聞いた。

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