鈴蘭
それは、はるか昔のことでした。
名も無き村がありました。村の人々は貧しいながらも自由で陽気で、そして暖かな暮らしをしていました。
しかしある日。村の近くで、隣国同士の大きな戦争が起こりました。戦争に勝つためにと、村の男達も兵役を課せられ、戦地へと送られました。
ある男は愛する家族や恋人に必ず帰ると約束し、また若い恋人同士は帰還後に結婚の約束までもしていました。
誰もが全員の無事の帰りを願い、送り出しました。
それはそれは大きな戦争でした。
村に伝えられるわずかな情報は不安をあおるものばかりで、そしてそのうちに、チラホラと兵として戦地に送られた男達の戦死が伝えられ始めました。
あるときは一人。またあるときは三人。そしてその数は次第に増えていきました。
村は悲しみに沈みます。
ある時、結婚の約束を交わした少女の恋人が戦死したと伝えられました。
少女は驚き、悲しみました。そして、毎日泣き暮らすようになってしまいました。そして、あまりの悲しみにとうとう病に倒れ、数日の命とまでも言われるようになってしまいました。
少女は家族に
『自分が死んだら、森の入り口にお墓を建てて欲しい』
と言いました。少女は恋人との思い出深い村の近くの森に、いつでも彼の魂が帰ってくるのを見つけられるように、彼の魂が自分を見つけられるように。と思いを込めてそう言ったのです。
家族はその言葉を涙して聞きました。家族の目にも、少女の死が近いことは見て取れました。
少女はゆっくりと衰弱していきました。
ある夜・・・
少女は窓に人影が映るのを見て目を覚ましました。月の出ている夜だったので、影が窓に映ったのです。
『だぁれ?』
少女はたずねました。
しかし答えは無く、すぐに人影は消えてしまいました。
少女が窓辺へ行くと、小さな白い房をたくさんつけた花が一厘置いてありました。
少女はそれを手にとり、声も無く涙を流しました。
花は少女と恋人の思い出の森にたくさん咲いていた花でした。しかも、その花のある場所を知っているのは少女と恋人だけでした。
花を受け取ってから数日後、余命数日と言われていた少女は息を引き取りました。
けれど少女の顔に苦しみの後は無く、微笑みさえ浮かべていました。
少女は死ぬ間際まで、あの月の夜に見つけた白い花を大事にしていました。
少女の死後。家族はその花を大地へと還そうとしました。
すると、小さな房からサラサラと透明な液体が流れ落ち、土につくと一瞬輝き、すぐに消えてしまいました。そして、残った房には毒がありました。
それを見た家族は言ったそうです。
『この花があの子を癒してくれたのだろう。悲しみの涙を受けてくれたのだろう。だからあの子は安らかに死ねたのだろう』
その花は村の奉り花となりました。
悲しみの涙をその小さな房に受け、花を垂らして涙の主の美しい心と幸せに変えた涙を大地に還して。そして残った悲しみは花の中で毒となり、もう誰にもその悲しみは降りないようにする。
けなげな少女の心に答えて、生まれた花でした。
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