向日葵

『忘れないで。また会おうね。絶対ね』
 そう言われて渡されたのは、たった一輪の大きく立派に咲いた花。
『ずっと忘れないよ。またどこかで、絶対に会おう』
 そう返したのを覚えてる。

 くる、くるとまわすと、花びらが風車のように回る。
 ―――こんなんが約束の印かよ。―――
 少し笑いがこみ上げる。口元にのぼる笑みは、きっと皮肉めいているだろう。
 春、夏、秋、冬。あれから何度、季節は巡ったのか。
 ただでさえおぼろげな記憶は少しあいまいになってきていた。
 もらった花は、数日後に一枚一枚は小さな花びらに囲まれた、顔大の大きさの面に大量の種をつけた。
 その数、数百個。
 多すぎて驚くどころか若干引きながら、それでもと植えて、育って、花開いて、枯れて、また種が出来て。
 その繰り返し。
『いつかまたね』
 そう言われたのを覚えているのに。
 そのまま何の音沙汰もない。
―――きっと、もう自分のことなど忘れたのだろう―――
 あきらめたように思っているのに。
「なんで忘れられないんだよっ!!!」
 花を壁に投げつける。バンッ、と思ったよりも大きな音がして、黄色い花びらが、少し落ちた。
 言葉を吐いたそのままの勢いで荒々しく立ちあがる。
 その時、電話のベルが鳴った。
「あら、こんにちは。はい、ええ、お久しぶりね」
 母親の受け答えの声が響いてくる。
 あの電話が、彼の人だったら。花をくれたあの子だったら。
 自分はどんな風に話すのだろうか。このいらだちを、そのままぶつけてしまうのだろうか。
 ぼんやりと考えていると、その時、なぜかふと思いついた。
 自分は花をくれた相手になにもしていない。たったの一度も、本当に、なにも。
 相手は花をくれた。また会おうねとの言葉と共に。
 自分は受けとった。また絶対会おうねと答えた。
 けれど、その後はどうだ。何もしていないじゃないか。
 少なくとも、相手は花をくれた。けれど自分はどうだ。
 気付いて初めて、ストン、と肩の荷が下りたような気がした。
 そうだ。自分から歩み寄ればよかったんだ。
 母親の電話が終わる。
 心が決まったタイミングで、もう暗記した番号にかけてみる。
 数回の電子音の後、声がした。
「もしもし?」
 相手が驚きの声があげるのはもう数瞬後のこと。

 そして、約束は果たされる。

 窓の無呼応では、絆を繋いでいた花が今日も庭に咲き続けている。

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