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朝、目覚めたら、そこにセレッソライフが。

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「大阪の街の誇り、みんなの人気者!」ぼくの愛するJリーグクラブと、ともに過ごした三〇年。それは何気ない朝の目覚めからはじまった。ジェットコースターと呼ばれるセレッソ大阪をサポート… もっと読む
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2023年12月の記事一覧

サポーター・アイデンティティ

 線路に沿って道なりに歩くと正面にヨドコウ桜スタジアムのメインスタンドが見えてきた。日本…

cerebaka
5か月前
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エピローグ 二〇二一年一一月

 長い長い年月を耐え抜いた末にようやくぼくは大阪の地へ向かうことになった。実に一年と数ヶ…

cerebaka
5か月前
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第三四節 蹴球堂閉店

「『はじまりがあるものにはすべて、終わりがある』・・・私はなんと言った?」  映画マトリック…

cerebaka
5か月前
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第三三節 ”点”と”線”

 二〇一七年というセレッソ大阪にとって重要な一年を語る前に、言っておかなければならないこ…

cerebaka
5か月前
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第三二節 たかが二年されど二年

 REAL OSAKA ULTRAS(レアル・オオサカ・ウルトラス)。真の大阪は誰かと聞…

cerebaka
5か月前
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第三一節 クラブは変わろうとも

 ちょうど二〇周年という節目の年をセレッソ大阪は迎えた。AFCチャンピオンズリーグへの二…

cerebaka
5か月前
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第三〇節 柿谷曜一朗

 どんなサッカークラブにも思い入れのある背番号が存在している。一〇番なんてものはとてもわかりやすい例だろう。  キャプテン翼への依存度が高すぎるのか、九番、一〇番、一一番をつけるのは並大抵のことではないし、パワー、技術、そしてガッツのすべてが必要だ。  さらには海外のサッカー選手もかなりの影響をおよぼしている。  パオロ・マルディーニなら三番(古い)。  ヨハン・クライフが好きなら一四番(もっと古い)。  もちろんクラブによっては愛される番号が違う。この背番号問題についてぼく

第五章 第二九節 半径九・一五メートルと悪夢の三年間

 父親が死んだ。  ちょっとした風邪の症状で緊急入院したあと意識がなくなったと母親から連…

cerebaka
6か月前
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