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歌誌『塔』2024年3月号作品批評(2024年5月号掲載)-前編-

みなさま、こんにちは。

今日は早朝4時に目が覚めてそこから朝散歩。
涼しくて静かで心地よい朝でした。

そして本日は文学フリマ東京の開催日。
久々に見に行こうかと思っていたのですが、あいにく家の排水管清掃が入ってしまいました。
業者の方がお見えになるので、在宅していなければいけないのです。
おとなしく本を読んでいます。

それでは3月号の作品批評をどうぞ。

選者:梶原さい子
評者:中村成吾

週末の夕餉は寿司のセット買う一人暮らしのわれの宴と(橋本英憲)

『塔』2024年3月号p62

週末くらいは何か美味しいものを食べたい。
ふだんは手の出ない寿司にしよう。
とはいえ高級な寿司屋に出かけて行くわけではない。
近所のスーパーで一人前を買ってくるのだ。

「宴」という言葉がおもしろい。
ちょっとした非日常の夕餉によって、主体の気分が高揚していることが伝わってくる。
しかし、別の見方をすれば、「寿司のセット」だけで宴になってしまうくらい一人暮らしというものは侘しい生活形態なのかもしれない。
私も一人暮らしをしているが「寿司のセット」を買う喜びを近々味わいたいと思う。

道ひとつ違えば人の気配なく縣神社の椋はそよぎぬ(黒木浩子)

『塔』2024年3月号p63

人や車が多くてなにかと騒がしい大通り。
そこから一本奥へ入ると人影もまばらになり、辺り一帯は静寂に包まれている。
そこはもう神域だ。喧騒と静寂のコントラストを思う。

縣神社は全国にいくつかあるが、黒木さんは京都の方のため、ここでは宇治市の縣神社ととっておく。
平等院のすぐ南西に位置するという。
以前は神社前に「県神社」というバス停があったそうだが今はなくなっている。より静かな環境になったのではないか。

なお、掲出歌に出てくる椋は、樹齢五百年以上で高さ二十六m、幹周四.四mという立派な御神木。
地域の方に大事にされているのだと思う。


子育てに追われし頃のわたくしが期限の切れたパスポートにいる(大森千里)

『塔』2024年3月号p64

必要があって久々にパスポートを開いてみたら、見事に期限切れだった。
そういえばこの写真を撮った頃は、家事に育児にとてんてこまいだったと主体は懐かしく思い出している。
子育てのある人生は、子どもに係る様々なライフイベントがあって充実していそうだ。

私事で恐縮だが、子どもを産んだ知人が「わたしはこれからの二十年はこの子のために生きるのよ」と言って笑っていた。
それを聞いたときに、彼女は独身の私とは人生の時間の区切り方が違うのだなと少し感動してしまった。


ゆくりなく道辺の万葉歌碑に会ふ遠くへ旅立つ君しむ歌(樺島策子)

『塔』2024年3月号p65

思いがけなく歌碑に出会った。
「旅立つ君」とは防人のことであろうか。
古代の旅は文字通り命がけであった。
「惜しむ」ではなく「愛しむ」という表記も注目される。万葉人と主体の心の動きがリンクしているようだ。
愛という漢字にはさまざまな訓が当てられる。いとし、うつくし、うるはし、かなし…。
作歌の際にどのような字訓がふさわしいか私も熟考したいと思う。


フェミニズム気取る男の焼酎の数杯ほどで本音のあらは(黒瀬圭子)

『塔』2024年3月号p66

普段は男女同権あるいはもっとラディカルな思想を奉じている男。
しかし、ひとたび酒が入ると化けの皮がはがれてしまった。
しかもたったの数杯で。
なんのことはない、この男にとってフェミニズムとはファッションのようなもの、女性から支持を得るための都合のよい道具に過ぎなかったのだ。
このような男は、世の善良な男性から見てもまた敵となるだろう。

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