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歌誌『塔』2024年4月号作品批評(2024年6月号掲載)-前編-

みなさま、こんにちは。
今日は朝から雨。草木が喜んでいるようです。

それでは4月号の作品批評をどうぞ。

選者:梶原さい子
評者:中村成吾

産道の真暗きを抜け産まれ落ちやがて真暗き黄泉路を還る(橘 杢)

『塔』2024年4月号p292

行きも帰りも真っ暗。私たちは生きている間のみわずかに光のもとに生活する。
一連の中には「微笑みつつ母に要らぬと言はれた日産まれてごめん生きててごめん」という歌もある。人によって置かれている境遇によって暗さは異なる。
そういえば、「産まれ落ち」るという表現があるが、産まれることをなぜ「落ちる」というのだろうか。天界から落ちるイメージがあるのだろうか。
この歌を読んでふと言葉の不思議を思った。


なけなしの身銭を切って買う本は選ばれし古典深夜の読書(大賀幸男)

『塔』2024年4月号p294

最近はあまり聞かなくなった気がする「身銭」という言葉が、読者にリアルな感触を伝えてくれている。
近頃は文庫本もレーベルによっては千円を超える場合がある。なかなか気軽に買えなくなってきた。
図書館で借りればよい、という人もいるかもしれないが、「なけなしの身銭を切って買う」ことで得られる効能は、本の定価を軽く超えると思う。
お金とは私たちの〈時間〉が形を変えたものであり、そのお金を使って本を買うということは、〈時間〉を差し出すことと同義だ。
つまり、それなりの覚悟がいる。その気持ちが「身銭」という言葉にあらわれているように思う。


悩みとか愚痴を言いたくなるときの検索窓はいつもやさしい(丘村奈央子)

『塔』2024年4月号p294

他人には言いづらい悩みや愚痴も、検索窓ならばなんでも受け入れてくれる。
検索窓は万人に開かれた窓であり、拒むということを知らない。
無機質なくせにやさしいと感じてしまう。検索窓の無自覚なやさしさはちょっとずるい。
ちなみにGoogleの検察窓に「自殺」と入れると、「こころの健康相談統一ダイヤル」の電話番号が表示される。検索語によって返す結果がプログラムされているのだろうか。
これも現代的な無機質なやさしさなのかもしれない。


帰る子へ握るおむすびふんわりと言えない言葉を振りかけながら(尾関あずさ)

『塔』2024年4月号p295

休暇になって子が帰省した。つかの間の家族の時間はすぐに過ぎてまたもとの日常へと戻っていく。
久々に帰ってきた子に話したいことはたくさんあって、まだ話し足りない。
なんとなく照れくさくて直接伝えられない言葉たち。
あたたかいおむすびのあたたかさはきっと温度だけではないはずだ。


砂の上に羽を広げるルリタテハじっと動かず日光浴す(山荷葉)

『塔』2024年4月号p296

たまにアスファルトの上で休んでいる蝶を見かける。こんな場所にも蝶が生息しているのかと驚く。
主体も砂の上で見つけた。
蝶は変温動物である。おそらく翅についた朝露を乾かして、からだを温めているのだろう。
枯葉やめくれた樹皮の間の中で厳しい冬を乗り切ったルリタテハ。
これから思う存分飛び回ってその美しい瑠璃色を愉しませてほしい。


返り咲くツツジの花は妹が身罷りし時多数咲きたり(山荷葉)

『塔』2024年4月号p296

妹さんが亡くなられた時期に返り咲くツツジ。
もともとのツツジの花期は四月から五月中頃だが、返り咲きとして晩秋から初冬にかけての小春日和に花ひらくことがある。
暖かい晩秋に春よりも一足先に主体に会いたくなったではないか、妹さんのお気持ちが返り咲きとしてあらわれたのではないか。
そんなことを思いつつ読んだ。

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