見出し画像

[徒然]ガチャガチャやるためだけにガストに入店する

11月の夜の空気は優しい冷たさをしていた。ロングコートを引っ張り出してきて正解だったな。僕は厚手の濃紺のコートに身を包み、明大前駅の改札をでた。

今日ここに来た目的は他でもない。好きな子へのプレゼントを買うためだ。だが別にクリスマスプレゼントという訳ではない。そもそも僕はクリスマスに恋人と時間を過ごすという文化がよく理解できない。何がおめでたいというのだ。別にこれは世のラブラブな恋人たちを妬んでいるのではない。勘違いしないでくれ。僕はただクリスマスという行事が理解できないのだ。

だが誕生日を祝うのは理解できる。誕生日というのは、僕らが一年で唯一、無条件に祝われる日だ。何もしていなくても、無条件に「おめでとう」と言われる。僕にはどうも、その「おめでとう」という言葉が「生まれてきてくれてありがとう」と聞こえるのだ。何もしなくても、何も頑張らなくても、あなたが生まれてきてくれてよかった。お誕生日おめでとう。そういう日だ。だから誕生日は大切にしたいタイプだ。

でもクリスマスはそうじゃないと思う。みんながなんとなくお祭り騒ぎをしているようにしか思えない。

そんなわけで僕は好きな子に、平常時にあげるためのプレゼントを買いにきた。前回の記事でも書いたが、僕の好きな子は相当変わっている。控えめにいうと頭がおかしいのだと思う。だがそれがなんとも愛おしい。そして可愛い。気になる方は、こちらの記事を読んでほしい。(友人からは好評だった)

では、今回は何を買うのか。それは他ならない。ガチャガチャである。

・・・?

と、なっているだろう。僕も自分で明大前を歩きながらこの奇妙な買い物にニヤッと笑ってしまいそうだ。(実際、こんなにニヤニヤしながら明大前を歩いているのは僕と、愉快な占い師くらいだろう)

前回、その子とガストに来たとき、彼女がレジ前のガチャガチャを覗き込んで、いたく興奮しているのを僕は見逃さなかったんだ…!僕がまとめて会計している後ろで(テーブルで割り勘してから僕がまとめて払っている)、彼女はしゃがみ込み、鼻息荒くガチャガチャに見入っていた。

そしておそらく彼女が欲しがっていたのは「いちごのミニ食品サンプル」だ!(そのミニ食品サンプルシリーズには、他にも桃、マスカット、なし、葡萄があった。)

だが、その日彼女はお金を持っていなかったようで結局買わなかったんだ。だから今日、僕はこの明大前の地に立っている。そう。いちごのミニ食品サンプルを買うために!

だが想像してほしい。大の大人がガストに1人で入ってきたかと思えば、テーブルにはつかず、レジ前で急にしゃがみ込み、ガチャガチャを淡々と回しはじめる。好奇の目に晒されることは間違いない。実際、今は夜ご飯の時間帯でガストに多くの客が入っているだろう。

僕は訳のわからない汗を訳のわからないところからかきつつ、店の階段を一歩ずつ上がった。謎の緊張でうち震える手指を抑え込みながら、好きな子の笑顔を思い浮かべて、僕は堂々と、そう胸を張って入店した。

「何名様ですか?」

元気な女性の店員さんが、近寄ってきた。なんて言うべきか迷ったが、僕はあたかも自然なことのように、こう言った。

「1人です。が、すみません、ガチャガチャだけやっても大丈夫でしょうか?」

店員さんは、一瞬戸惑った顔をしたが、すぐに微笑み、「いいですよ」と言ってくれた。女神というのは案外近くにいたりする。

それから僕はガチャガチャのラインナップを確認した。よし、前回来た時と同じだ。ミニ食品サンプルもある。1回200円か。財布を取り出した。事前にコンビニで小さな買い物をして100円を増やしておいてよかった。現在100円玉はちょうど10個ある。つまり、彼女の欲しがっていたイチゴが出るまで5回は回せるということだ。種類はイチゴ、マスカット、桃、梨、葡萄の5種類だ。つまり5分の1の確率でイチゴは出る!十分だろう。

僕はまず1回目を回した。重たいレバーを思いっきり回す。久しぶりのガチャガチャに少しテンションが上がった。ゴトんっ。そして出てきたのは・・・

ぶどうだ。

大丈夫…。次だ。僕はカバンにカプセルを投げ入れ、財布からまた100円玉を取り出した。2回目を回す・・・

マスカットだ。

そして3回目は桃、4回目は梨、と僕はあまりの不運に崩れ落ちそうになった。

おいおい勘弁してくれ。後ろでは家族連れが不審そうにこちらを見ているんだ。子どもが「あのお兄ちゃんガチャガチャがそんなに好きなの〜?」
そして親が小声で「あんまり見ちゃダメよ」なんて言っている。ような気がする。考えすぎだろうか。

とにかく早くイチゴを出して、この店から颯爽と去りたい。まるで霧のように細胞レベルでバラバラになって、静かにここから霧散したい。そんな恥ずかしさを抱いた。

しかも、あと財布には100円玉が2枚しか残っていない。もし次でイチゴが出なければ、僕はガストで家族連れの前で醜態を晒した挙句、レジで店員さんを呼んで「すみません、両替していただけませんか」と乞う事になる。それだけは避けたい・・・!

さあ、5投目だ。来いっ!来いイチゴ!!僕は震える手をレバーにかけた。もう頭の中ではカイジのテーマ曲が鳴り響いている。そう、これはギャンブルだ。沼と対峙するかのように、僕は1人ガチャガチャと対峙していた。

吐き出せ!!お前が喰らってきたガチャガチャ破産者の金、命、魂、希望、絶望、その全てを吐き出せ!!
最悪の運命、境遇、ありとあらゆる障害、不平、不正、全てを捩じ伏せ、俺は勝つ!!イチゴ!!だせ!!

どこからかともなく突風が吹き、僕は心の中で藤原竜也の如く叫びながらガチャガチャを回した・・・!


イチゴだ。


うぉおおおおおおおおお!!!カイジのテーマ曲は音量を上げ、僕の喜びは絶頂に達した。もう手のひらは訳のわからない汗でびしょびしょだ。イチゴを大切にカバンの中にしまった。

僕はスッと立ち上がり、他のお客さんと目を合わせないようにして、店員さんに軽く会釈をしてから退店した。

爽やかな夜の空気が首元に差し込んできた。なんとも心地よい夜風なのだろう。勝利の夜だ。あとはこれを好きなあの子に渡すだけだ。喜んでもらえなかったら今日の話でもして笑い話にしてしまおう。

そんなことを思いながら、僕は帰路についた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?