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山田詠世が誕生した日

村上春樹はデビュー作の『風の歌を聴け』の書き出しでこう言っている。

「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」

村上春樹『風の歌を聴け』

そしてまた、完璧な人生などといったものも存在しない。そう思うと、ふっと心が軽くなるような気がする。

閉店間際の日高屋で、税込390円の中華麺を待っている間にそんなことを思った。

21才を迎えた僕の肉体は、なぜか想像以上に油を要求していて、その日の中華麺は血管の隅々まで染み渡った。細胞レベルで歓喜していた。


「かっこいい大人」ってなんだろう。「青春」は終わるのかな。「悔いのない人生」って存在しうるのかな。

そんなことを考えながら、麺をすすった。汚い皿に盛り付けられたアホみたいに美味いラーメン。(何歳になってもこれを元気に食べられるお爺になりたいものだ)

俺は日高屋が大好きだ。

油が散ったギトギトの床。カタコトの日本語を喋る従業員。諦観のオーラが充満する店内。昼からビールという至高。


そんな店の中にひとりでいると、自ずと俺は自分自身と対峙することになる。自分自身と向き合わざるを得なくなるのだ。

俺は何を成し遂げるために生きているのか、と。


お金を稼ぐため?
周囲からの評価を上げるため?
安定した家庭を築くため?

否。否。否。否。否。否。


俺は自分を好きになるために、自分を生きている。

自分に克つために生きているんだ。


確かに他人から貶され、見下されるのは、目を背けてしまいたいほど恐ろしいことだ。どうしても人と自分を比較してしまう。それもどうしようもなく辛いことだ。

だが、それ以上に恐ろしいのは、自分自身を嫌いになることではないか。


俺は心だけは豊かに、自分に自信を持って生きていきたい。

これがこの地球で生き続ける上での、俺の目標なんだ。

だから、お金を稼いだり、他人からの評価を気にしたりするのは、目的ではなくあくまで手段である。

自分を好きになるための(自分の嫌いな部分を減らすための)、全ては手段なのである。


あ、すでにラーメンは食べ終えてます。今はただ空の汚い皿の前で考え事をしているだけだ。日高屋のラーメンの味について知りたい人は、日高屋にいるおっちゃんにインタビューでもしてきてくれ。

で、話を戻すと。


そこで、自分に自信が持てない要因を分解してみると意外と面白い。自分の嫌いなところがわんさか出てくる。日高屋の眩しすぎる店内の情景が滲んで見えてくる。

俺がその中でも特に「自分の嫌いだと思っているところ」は、
「コツコツ継続できたことがない」ということだ。

モチベーションという名の言い訳に晒されて、これまでコツコツ継続を諦めてきた。部活にしろ、勉強にしろ、全てが中途半端だった。


だから、この日の日高屋で、僕は誓った。

「何かを毎日コツコツ継続させよう」と。


どうせ継続するなら、わかりやすいものが良い。そして自分の好きなものが良い。継続することで、自分の成果が分かりやすいものも良い。

そうして俺はnoteに行き着いた。


「よし、みんなが面白く読める文章を書こう」


等身大で、アクティブで、でもちょっと詩的で、文学的な要素もあって。そんな文章を書こう。

もともと文章を書いて褒められることがよくあって、それがただ純粋に嬉しかったのと、読書が好きだっていう、そんなありきたりな理由から、俺はnoteを始めた。


この日、山田詠世が誕生した。

汚い日高屋のカウンター席で誕生した。


今は毎日を投稿を始めてまだ24日目だ。正直まだまだ。眠すぎて書くのが辛い日もあるが、アラスカで寝たら死ぬ状態で必死に火を熾していたあの時に比べればどうってことなかった。

毎日更新がこれほどまで大変だとは思わなかったが、それでいて今は充実感を感じている。

継続努力を続けている限り、それはきっと「青春」だし、この定義が正しいのであれば、「青春」は死ぬまで続けることができる。


またnoteを書いていると、色々なことに後悔することがある。もっと小さい頃からたくさんの本を読めばよかった。もっと早くから文章をちゃんと頑張ってくればよかった。

そんな後悔は消えない。

でも今日が1番若い日だ。両学長も言っている。

その後悔は消せないが、これ以上増やさないことはできる。こんなアツい話をするつもりはなかったが、つまりそういうことだ。



そういうことだ。

俺はnoteのアカウントを作り終えると、愛犬の写真をアイコン画像にし、スマホを閉じた。

伝票を手に取り、立ち上がり、会計を済ます。カタコトの従業員に「ご馳走様です」と言って、俺は店を出た。


冷たい風に迎えられ、前髪がふわっと上がり、思わず目を細める。

これまでと同じ冬の風。しかし同時に、これまでと違う冬の風でもあった。

世界には矛盾が満ちていて、山田詠世はそんな世界を書く。

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