📖ブラック企業に抗えない背景を江戸の儒教史から探るのが良いかと思った件

我々は何故２１世紀になってもブラック企業から抜け出せないのか。
その思想的な要因には朱子学があると言うのは、兼ねてより感じておりました。
個人的な政治思想を言えば「靖国神社は敗戦時に壊しておくべきだった」と強く思います。
高い入場料を払って入った遊就館で見たものは、確かに靖国神社が儒教神社であると実感させる光景です。
兵士たちの遺言も見れたと記憶してますが、展示物の文章を読めば、全体的に靖国神社の思想は儒教であることは明らかでした。

それもそのはずで〚英霊〛の言葉の出所は水戸学者である藤田東湖の「正気の詩」でして、この思想を受け継いで作られた靖国神社と靖国思想の果ては特攻などという狂気に満ちた作戦・戦術でありました。

安倍政権時代に度々話題になった〚教育勅語〛を草案したのは〚元田永孚〛という朱子学者であり、何で２１世紀にもなって朱子学の亡霊と向き合わなアカンのかと思ったものですが、思うにアレほどブラック企業にとって都合の良いアイテムは無いと思います。
そこで「なんでウチ等はこんなに不寛容になったんや？」という歴史を探すために〚江戸の朱子学／著：土田健次郎〛を読むことにしたわけです。

🌌朱子学自体は立派な哲学

しかしまぁ、朱子学そのものは世の中の真理を追究しようとした立派な哲学ではあったんですね。
正直なところ本書を読むまで朱熹の思想自体は殆ど触れておりませんで、少なくとも朱熹自体は世の中の真理を追究する一環として朱子学を形成したようです。

新儒教の祖とも言える朱子学では〚理〛と〚気〛の問題がよくよく登場しまして、朱熹の思想は〚理気二元論〛として知られるようですが、この〚気〛の部分の説明で中国では古来より用いられる陰陽五行をベースにしていたのは興味深かったですね。
それこそ陰陽五行は四柱推命、算命学、帝王学と言った易学でも古く広く使われる重要概念なので、朱熹の思想もココをベースにしていたのは面白いものでした。

📖しかし立派な哲学だったからこそ厄介な部分がある

朱子学そのものは立派な哲学だと言いましたが、立派ではあったがために厄介な要素もありました。
それが〚聖人〛の概念で、朱熹の考え方では「聖人は誰でも成れるが煩悩を捨てて勤勉で道徳的でないとアカン」というものだったようです。
それは巷で有名なように、朱子学の思想というのは減点法がベースになるので「なんでこんなことも出来ひんの？」とか「みんな一生懸命残業してるのに何でお前定時で帰るの？」って言う考え方になりがちなんです。

例えば教育勅語を悪意持って意訳すると「天皇の臣下である臣民ｵﾏｴﾗは親孝行なんてできて当たり前、夫婦は愛し合って当たり前、友人は信じあって当たり前、もちろん日本が有事になったら臣民ｵﾏｴﾗは天皇ｵﾚのために生命ﾀﾏ張ってくれるわな。嫌とか言う奴なんで出来ひんの？」というのが教理になるわけです。
コレかなり悪意込めてますが、教育勅語で用いられる臣民は今の国民と全く意味が違いますので、臣民を現代語訳にしても国民にはなりません。

元田永孚にすれば「コレくらいできてくれよ臣民パﾝピ-」というものですが、じゃあ親孝行しろという部分にしても「毒親であっても孝行せなアカンの？」というものですし、日本企業は〖社長を（父）親〗とした家族性の組織を組んでいることが多いので、社長（会社）に孝行せなアカンということになります。
それってブラック企業であっても尽くさなアカンのですかねって話で、どうにも一般人パﾝピ-に厳しい思想なのは間違いなさそうです。

尤も、朱熹にしても「最初から為政者の道具にされることなんか想定してへんかったのに・・・」ということのようです。

🏯本格的に庶民へ影響を及ぼすようになったのは天保以降か

ところでまぁ、日本人全体への影響を及ぼすようになったのは天保（飢饉があった時代）以降なんじゃないかなと思いました。
江戸中期までは朱子学と反朱子学は活発的に論を戦わせていたようで、幕府が朱子学が奨励されていたのも基本的には幕府内の話ではあり、庶民レベルにまでは落とし込まれてはいなかったようです。

まぁ江戸の庶民は春画（無修正の薄い本）を見て興奮したり、歌舞伎では美少年を買ったり（買春）していましたが、朱子学的には🆖ですからね…。

儒学者における朱子学者の割合が増えだしたのが天保以降で、だいたい明治初期までは人数が減りつつも７割以上のシェアをキープしていたので、大日本帝国憲法が始まるまでの間では大きな影響力を持っていたのが伺えます。

また、江戸期になって朱子学と神道の融合が起きたようですが、これが靖国神社に繋がる要因の１つにはなっているでしょうね。
朱熹はあまり神仏・悪鬼の類を信じる方では無かったらしく、中国や朝鮮半島の動きと比較すると、日本はだいぶ異質なようです。

🎓学派としての陽明学の隆成(?)と朱子学の衰退…

ところで朱子学が近代化に当たってどのような影響力を及ぼしたか、という一番知りたい点については、本書で手掛かりを掴むのは困難に思いました。

その大きな要因として「学派としての朱子学が衰退してしまった」というものがあります。
朱子学と対立する陽明学は今でも松下政経塾で習い、財界に支持者が多い学問ですから、一定の勢力があります。
ところが朱子学は学派として衰退してしまったので客観的に影響力を測ることが難しくなったんですね。

伊藤博文の没年が明治４２年ということから察すると、恐らく明治後半までは一定の勢力を維持していたと思うのですが、正直その後がわかりません。
大平洋戦争敗戦後は、もう殆ど勢力は消滅に近くなったと言えるでしょう。

ところが施設（靖国神社）だけは遺ってしまいまして、靖国神社が残ってしまったが故に朱子学と決別することもできなくなってしまったんですよね。

陽明学は人間の内面（内から来る欲求）を重視しているからこそ「心即理」なのですが、朱子学は〚気（外圧）〛が有って、それに対して〚あるべき姿（理）〛があるんです。
教育勅語の考え方は後者に近しいのですが、まさか平成後期になって朱子学の亡霊が蘇るとは思いませんでしたね。

朱子学は江戸時代に幕府内で奨励され、教育勅語や靖国神社を通して未だに日本人に影響力を与えているのに、学派として衰退したがために、日本人に影響を与え続ける学問としての朱子学に触れる機会が無くなってきているのは、大きな不幸かもしれませんね。