迎えの来ないハンドクリーム
マンションの1階には、宅配ボックスがある。入居する頃にはなく、最近新しく設置された宅配ボックス。とてもありがたい。いつも満杯。
今日その宅配ボックスの上に、ハンドクリームが乗っていた。メンソレータムのピカピカに光るオレンジ色のやつ。「手荒れ」と書かれているやつである。私はそれに、見覚えがある。見覚えがあるというか、ここ1ヶ月くらい毎日見ていた。2階の、205号室の前にずっと落ちていたハンドクリームだ。
1ヶ月前は、205号室の前にある階段の、手すりのところに乗っかっていたはずだ。たまたま誰かがそこに置き忘れたのか、落ちていたのを踏まれないよう誰かがそこに置いたのか。上の階から落ちてきたと考えられなくもないが、上の階から落ちてきてキレイに手すりに乗っかるとも思えないので多分それも違うだろう。最初は205号室の人が置き忘れたのかなと思った。
最初にハンドクリームを見てから数日後、ハンドクリームは205号室のドアの脇に落ちていた。何か風などに煽られたのかもしれない。マンションの階段を降りながら、毎日見た。いつまで経っても誰も回収しなかった。マンションの階段を上り下りする際、毎日ハンドクリームを見た。だんだん風景になっていて、そろそろ気にならなくもなっていた。
ハンドクリームは205号室のドアを開けてもギリギリ邪魔じゃないところにあって、でも205号室の住人が出入りするにはどう考えても気になる場所にある。無視し続けるには根気のいる位置である。205号室の住人は意思が強い。
もしくは、こうも考えられた。205号室の住人は1ヶ月前に引っ越しをして退去した。その際にハンドクリームを忘れていった。205号室は空き部屋なので誰もそこを通らないから、ハンドクリームも放置されている。あり得る。それだろ。私の中でハンドクリーム引っ越しで取り残された説がなんとなくできあがり、ハンドクリームはますます風景になった。
そのハンドクリームが、今日は宅配ボックスの上にあったのだ。
いたのか、205号室!
マンション住人みんなが目にする場所に置けば、気づいた持ち主が持っていってくれるかもしれないもんね。正しいと思う。
私も以前、見に覚えのないきのこの山がポストへ入っていたときは集合ポストの上に、目立つようきのこの山を置いておいた。「けいたくんへ」と書いてあった。「失恋で死ぬ男の話、香ばしかった…笑」と。もちろん私はけいたではない。ちなみにそちらは1週間後、「すみません 誤ってお菓子を入れてしまいました。食べていただいても大丈夫です」と書かれた手紙が同じくポストに入っていた。セブンのレシートの裏に書いてある走り書き。きのこの山とマッキーペンを買ったレシートだった。
きのこの山は風景になるまで集合ポストの上にあったが、2,3ヶ月くらいしてなくなったはずだ。清掃が入ったときに、いい加減片付けられたのだと思う。うちのマンションにはけいたくんはいなかったのだ。
けいたくんのきのこの山は処分されてしまったが、ハンドクリームはどうだろうか。いっそ配送会社の人の共用になるだろうか。宅配ボックスに荷物を入れたら、ついでにハンドクリームを塗り、つやつやになって次の配送先へ向かう配送会社の人。使い終わったらマンションの誰かが次のハンドクリームも補充するかもしれない。冬はハンドクリームで、夏はお水や塩飴が置かれるようになるかもしれない。でも勝手に使われ始めたらハンドクリームのもとの持ち主が自分のものだと言い出しづらくなるだろうから、なるべく早く持ち主に発見されてほしい。
メンタムオレンジのハンドクリームは、「手荒れ」の上に「つらい」と書いてある。そうだね。つらいよね。
そうそう、セメントのポストにはまた先日、知らない回覧板が入っていたのですが(マンションにいきなり回覧板間違えて入れられることってある?)。こちらも今日のハンドクリームの横に、置いておいてもよろしいでしょうか。
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