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H3ロケットを1段目だけで飛ばしたら軌道に乗る!?――そんなことはないけどちょっとおもしろい話

 勇者ヒンメルの死から何年後かのある日、H3ロケットの打ち上げ計画書を読んでいると、不思議なことに気がついた。

 計画書によると、H3ロケットの第1段の質量と推進薬質量は以下のようになっている。

  • (全備)質量(t)……約240

  • 推進薬質量(t)(最大値)……224.5

 ここから、推進薬を抜いた純粋に機体だけの質量(構造質量、ドライ質量)は約15.5tであることが導き出せる。

 しかし、この数字が正しいとすると、とんでもないことになる。いくらロケットは大半が推進薬とはいえ、あまりにも構造質量が軽すぎるのである。

 一例として、この数字をツィオルコフスキーの公式に当てはめてみる。

Δv=Isp×g×ln(m0/mf)

  • Δv……増速量[m/s]

  • Isp……比推力[s]

  • g……重力加速度

  • ln……自然体数

  • m0……打ち上げ時の質量(全備質量)

  • mf……推進剤を使い尽くしたときの質量(構造質量)

 ここに、上記の質量と、LE-9の比推力425sを当てはめると以下の答えになる。

Δv=425×g×ln(240/15.5)
   =11419

 11419m/s、つまり11.419km/sで、第一宇宙速度どころか第二宇宙速度すらも超えてしまう。実際にはさまざまな損失があるが、それを差し引いたとしても、第1段だけで地球周回軌道に乗ってしまいそうな数字である。

 はたしてH3の第1段は単段式ロケット(SSTO)になるのだろうか、それとも公式の数字が間違っているのだろうか。

推進薬質量は実際の値ではない

 その答えは、やや複雑なものだった。

 まず、H3の打ち上げ計画書の推進薬質量を項目をよく読むと、「最大値」と書いてあることがわかる。

 JAXAによると、この最大値とは、「タンクや配管にいっぱいに推進薬を入れた場合の数値を想定した値」だという。つまり、実際にはありえない数字が書かれているのである。おそらく、実際にそれだけの量を詰め込むことは不可能で、無理やり詰め込んだとしても構造がもたず、タンクか配管が破裂するだろう。

 また、「質量-推進薬質量(最大値)で、機体本体の質量が算出できるわけではない」という回答も得られた。

 ではなぜ、そのような無意味にも思える数字が書かれてあるのだろうか。

 JAXA以外も含め、さまざまなところに確認すると、「宇宙活動法の施行をはじめとする、さまざまな事情にともない、最大量を記載する形となった」という回答が得られた。

 これ以上の具体的な回答は得られなかったため(宇宙活動法という法律が絡む話であり、説明が難しいという事情はあろう)、ここからは推測だが、おそらく宇宙活動法に関連して、安全にかかる解析、たとえばロケットが打ち上げ直前に爆発するような事態を想定し、「こういう対策を取っているので周辺は安全」ということを示す必要があった。その際、実際にはありえないものの、「これを超えて推進薬が入ることはない」という観点から、この最大値を使って解析することで、余裕をもった結果を出しているのではないだろうか。

 なお、宇宙活動法が施行される前の、H-IIAやH-IIBの打ち上げ計画書では、「最大値」という表記はない。この点を確認すると、「この当時の資料には、実際の推進薬量とほぼ同じ数字を書いている」という。そのため、H-IIBやH-IIAの数字で計算すると、きわめて現実的な数字が得られる。

 たとえば、H3と寸法が近いH-IIBロケットの第1段の全備質量は202t、推進薬質量は177.8tで、ここから構造質量は24.2tであり、ツィオルコフスキーの公式で計算するとΔvは約9156m/sという現実的な数字となる。

 なお、H3の第1段の実際のドライ質量については「公開できない」とのことだったが、25tあたりが妥当な数字だろう。

 また、H3でも、SRB-3は実際に近い推進薬量を記載しているという。これは、SRB-3は固体推進薬であり、完成品の中に入っている状態が最大値かつ、液体の推進薬のように量に変化が生じないためと思われる。

参考

  • 令和 5 年度 ロケット打上げ計画書 H3 ロケット試験機 2 号機(H3・TF2)/ 小型副衛星(CE-SAT-IE/TIRSAT) 令和 5 年 12 月 国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構
    https://www.jaxa.jp/press/2023/12/files/20231228-1_01.pdf

  • 平成 30 年度 ロケット打上げ計画書 宇宙ステーション補給機「こうのとり」7 号機(HTV7)/ H-ⅡB ロケット 7 号機(H-ⅡB・F7) 平成 30 年 7 月 三菱重工業株式会社 国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構
    https://www.jaxa.jp/press/2018/07/files/20180713_h2bf7.pdf


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