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「反応速度を要求するデジタルゲームが感情経験に与える影響」の紹介

 今回は,以前に私が執筆した論文「反応速度を要求するデジタルゲームが感情経験に与える影響」について,note向けに紹介記事としてまとめます。これは『デジタルゲーム学研究』(第7巻第2号,2015年)に掲載された論文で,デジタルゲーム(ビデオゲーム)のプレイ前後に測定した質問紙と生理指標のデータをもとに,デジタルゲームが感情に与える影響について検討したものです。

論文の情報

木村 知宏 (2015). 反応速度を要求するデジタルゲームが感情経験に与える影響 デジタルゲーム学研究, 7(2), 23–33.

 J-STAGEから無料でPDFをダウンロードできます。『デジタルゲーム学研究』を置いている大学図書館はかなり少ないです。CiNiiで調べたところ,5件しかありませんでした(2020年9月24日時点)。紙では手に入りにくいと思われるため,PDFのほうが手軽でよいと思います。

 エラータも出ています。これは,返ってきた原稿の校正の際に,文章だけを確認していて,図10がいつの間にか図9と同じものに入れ替えられていたことに気づかず,そのことにしばらく経ってから気づいて,あとから訂正をお願いしたものです。エラータでは図10が正しいものになっています。したがって,エラータのご参照に関しては,図10のみで十分です。

研究の内容と目的

 この研究では,主観的感情を測定するための質問紙生理指標を用いて,ゲームプレイ前後における心理的・生理的変化について検討しました。

 デジタルゲームは,プレイヤーがゲーム内の目標を達成するために素早い反応を要求されるものと,素早い反応を要求されないものに分類することができると考えられます。この研究では「素早い反応を要求するデジタルゲームはプレイヤーの主観的感情と生理的活動に特有の変化を生じさせる」という仮説を検証するために,実験を行いました。

研究の方法

 参加者(被験者):家庭用ゲーム機を使用して遊んだ経験がある大学生30名(男性15名、女性15名)

 刺激:『ソウルキャリバー Broken Destiny』(対戦格闘ゲーム)と『モンハン日記 ぽかぽかアイルー村』(のんびりプレイするゲーム)

 指標主観的感情を測定する質問紙(EACL; 情動・覚醒質問紙),ストレス反応の指標である唾液中コルチゾール心拍など

 手続き:以下のように,ゲームプレイの前後2回のタイミングをPre 1,Pre 2,Post 1,Post2として,唾液採取と質問紙記入を行いました(心拍は実験中ずっと計測していました)。

Pre 1→休憩(20分)→Pre 2→練習(10分)→ゲーム(20分)→Post 1→休憩(20分)→Post 2

 参加者は「ゲーム」の時間帯に,『ソウルキャリバー Broken Destiny』の操作技術を学習するゲームモード,またはコンピュータと対戦するゲームモード,ゆっくりと村での生活を楽しむ『モンハン日記 ぽかぽかアイルー村』のいずれかをプレイしました(各ゲーム内容をプレイした群を,それぞれスキル学習群,対戦群,統制群としました)。

研究の結果のまとめ

 唾液中コルチゾールと心拍数については,とくに目立った変化が見られませんでした。心理学の研究でよくある「結果が出なかった(統計的有意差が見られなかった)」というものです。

 主観的感情については,恐怖,怒り,悲しみ,嫌悪,快(喜び),緊張感(緊張覚醒+),平静感(緊張覚醒-),活力感(エネルギー覚醒+),倦怠感(エネルギー覚醒-)の9種類を測定しました。データの数が多いのでまとめると,対戦格闘ゲームをプレイすると緊張感と活力感が上昇することがわかりました。

この研究から何がいえるか

 この論文は卒論のときのデータをもとに書いたもので,かなり前に実施した研究です。論文の内容を振り返ってみると,まず「生理指標で結果が出なくて残念賞」だったということがいえます。生理指標の分析にはかなりの時間と手間がかかっているのですが,有意差が見られないことには何もいえません。もちろん,30名のデータだけを見る限り,まったく変化がなかったわけではありませんが,一般化して何かを述べることはかなり難しい結果になったという次第です。実際にどの程度の変化が見られたかということについて関心をもたれた方は,論文をご覧ください。

 この研究で統計的に有意な変化が認められた主観的感情のうち,顕著だったのは緊張感と平静感,および活力感でした。平静感は緊張感とは逆の感情で,実際に対称的に変化していました。確かに,対戦格闘ゲームのようなアクションジャンルをプレイすれば緊張感が増すというのはありそうなことで,実際にそのとおりの結果になったといえます。

 個人的に面白いと思っているのが,活力感の上昇です。活力感というのは「目が覚めた」とか「元気だ」といった感覚です。活力感や「エネルギー覚醒+」というと少しわかりにくいかもしれませんが,これらの値の上昇は,エナジードリンクを飲んだときの効果に近いといえるかもしれません。この研究は,反応速度を要求する対戦格闘ゲームが活力感を生起させることを示しました。対戦格闘ゲームをプレイした直後は元気になるということはいえそうです。

 デジタルゲームは快感情を生じさせるのが特徴だと思います。「面白い」とか「楽しい」といった快感情も質問紙で測定していました。この研究では,快(喜び)という分類になっています。当然,ゲームプレイ後に上がるだろうと予想されましたが,意外にもきれいな結果が出ませんでした。よく見てみると,実験開始時から比較的高い値になっています。あとからよく調べてみたところ,参加者は実験を楽しんでいたということがわかりました。参加者の多くが実験全体を楽しんでいたことが,ゲームプレイによる変化を見えにくくしたといえるかもしれません。この点は重要だと思われたので,別の研究で検討しています。

 ここまで述べてきたように,対戦格闘ゲームをプレイすると緊張感と活力感が上昇したのに対し,快感情の上昇については明確になりませんでした。快感情と活力感の区別を明確にした研究は少ないので,こういった変化の違いをデータとして示したことが,この研究のポイントだったといえます。一見すると当たり前のことを示したにすぎないかもしれませんが,細かく見てみるとちょっとした発見があった研究でした。

 以上,論文の紹介でした。ゲームプレイによって私たちの心に何が起きるのかということを調べるのがゲームの心理学だといえます。解明されていない面白い問題はまだたくさんあります。ゲームについてデータに基づいて考えていくということは,ますます重要になってきていると思います。

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