授業資料アーカイブ
今回は,大学の授業で得られ,あとに残るものについて考えてみたいと思います。学術書のほとんどは,研究者(教員)が自身の知見を時間をかけて工夫してまとめたものであり,その価値がとても大きいということは間違いないでしょう。同じ意味で,大学や大学院の授業も価値がとても大きいと思います。実際に,学生(とその保護者)は大学に安くはない授業料を支払って,授業を受けています。
時が過ぎれば,受けた授業の内容は忘れてしまうものです(卒業後,数年経過した方であれば,こういった体験をされ,実感されているかもしれません)。何らかのスキルは身について残っているかもしれませんが,印象に残った授業内容の一部が,かろうじて記憶に残っている程度だというケースは多いのではないでしょうか。経済的コストだけでなく,多大な労力をかけて学んだことが,時間の経過によってほとんど記憶に残っておらず,それを復元させることが難しいというのは,少々もったいないことだと思われます。今回は,大学の授業資料に着目して,その価値とアーカイブ(記録の保存と活用)について述べたいと思います。
学術書と授業資料
学術書(本)が読者に文字や図表を通して伝える印刷されたメディアとして,それのみで完成されているのに対して,授業は指定された教科書や参考書のほか,プリント(ハンドアウト)やプレゼンテーション資料,教員の声などから複合的に構成されています。録画や録音でもしていない限り,時間が過ぎれば残るのは教科書,参考書,プリント(プレゼンテーション資料を印刷したものも含む),ノートといった物だけになります。これらのうち,教科書や参考書は学術書なので,比較的失われにくいかもしれません。本棚に残しておく人も少なくないでしょうし,手放してしまったとしても再度入手することは比較的簡単で,書店や図書館などに置いてある場合もあるでしょう。
最も失われやすいのはプリントやノートの類で,整理しておかなければ散逸しやすいと思われます。そして履修後や卒業後には一番早く処分されてしまいそうなものです。授業で使用される教科書や参考書を除く,授業後に履修者(学生)の手元に残るプリントやノートなどの資料を,ここでは授業資料と呼ぶことにします。
授業資料の価値
物の価値というものは個人の価値観に大きく左右されるため,一般的に論じることは難しいと思います。しかし,上で述べてきたように,授業資料は個人が大きなコストをかけて入手するものであり,教員の知見がまとめられたものであるという点で,価値があるものだと考えられます。授業資料の価値は,有益な知的情報が得られるところにあります。一定の構造をもった記録として,一定の時間が経過したあとに参照可能な形で保存され,私たちの記憶を呼び起こすことができるのであれば,その授業資料は十分な価値をもつといえるでしょう。
たとえば,「確かあの授業でこの概念について習った記憶があるけど,何だっけ?」となったときに,プリントなりノートなりを取り出して「ああ,そうだった,ここのこれだ」と思い出せれば,授業資料を保存していた意味があったということになります。授業資料の特徴は,授業を受けた経験(記憶)と結びついているというところにあります。
調べものであれば,学術書や辞典を調べたり,インターネットで検索したりしてしまったほうが早いかもしれませんが,授業資料を見て過去に習ったことを思い出すことによって,知識が有機的に再構成され,効果的な学習が可能になるかもしれません。小学校,中学校,高校の試験のときに,ノートを見返すと記憶があっという間に蘇る体験をしたことがある方もいらっしゃるかと思いますが,要はそれと同じことです。逆に,試験前に馴染みのない参考書を見たらどうでしょうか。あまり効率的に復習が進まないことが想像できます。このように,授業資料は学習(履修)者が受けた授業で学習者自身が触れたことのある記録であるため,復習のための良い教材になる可能性があると思われます。価値観によるとは思いますが,授業資料を必要ないと判断して捨ててしまうには,ちょっと惜しい気はしないでしょうか。
また,教科書や参考書を読みなおす際に,授業資料がこれらを補助する目的で配付されたものであった場合には,理解を助けることになるでしょう。いずれにしても,授業資料には一定の価値があるといえます。
授業資料アーカイブ
これまで述べてきたように,授業資料は自分にとって馴染みのある教材であり,一定の構造をもった記録として参照可能な形で保存されていれば,活用可能な価値の大きいものになります。ここでは,整理された形で保存された授業資料のことを授業資料アーカイブと呼ぶことにします。
授業資料アーカイブは,どのように作られるべきでしょうか。プリントやノートは散逸しやすいため,まとめる必要があります。基本的には,授業科目ごとに整理するとよいと思われます。科目のタイトルをつけたファイルや封筒などに科目ごとにまとめて入れておくことによって,あとから参照しやすくなります。
また,授業は複数回で構成されているため,内容の順番にも意味があります。教科書を前から順番に進めていくような授業でない限り,何らかの記録がなければ,どのような順番で授業が行われていったかがわからなくなります。シラバス(授業計画の概要)にはこれらの情報が書き込まれており,加えて授業の目標や内容が比較的まとまっているため,授業資料としてシラバス(かさばる場合にはそのコピー)も含めておくと好ましいと思われます。
授業資料を捨ててしまう理由のひとつとして,量が増えてかさばることが挙げられると思います。置き場所がなければ保存することはできませんし,実際に活用するときにも不便です。この問題を解決する手段として,授業資料のためのデジタルアーカイブを構築するということが考えられます。具体的には,プリントやノートをスキャナを使ってPDFファイルにし,授業科目名をつけたフォルダに保存する,といったものです。少々の手間は生じますが,デジタル化することで物理的なスペースを用意する必要はなくなります。教員によってはプレゼンテーション資料を最初からPDFで配付する場合もあり,アーカイブを作るときにデジタル媒体を保存する必要が出てくることもあります。デジタルアーカイブであれば,これらと合わせてWord等で自分が作成したレポートなどをいっしょに保存しておくことができます。また,ファイル名に授業名と合わせて数字で番号を付けておくことで,自動的に授業資料を時系列で並べることもできます(たとえば,○○概論1, 2, 3, …のように)。さらに,デジタル化によってコピーや持ち運び,オンラインでの管理が容易になり,検索がしやすくなります。フォルダを使うことで階層構造が作りやすいため,整理もしやすくなるというわけです。
以上のように,授業資料アーカイブは,個人のための将来的な活用という点で価値のあるものです。構築にある程度の手間がかかりますが,デジタル化することによって,活用の幅が大きく広がります。授業科目によって質や量が変わってくるかもしれませんが,好きな科目や専門科目だけでも保存しておくことで,大学で学んだことを将来的に活用できるかもしれません。
今回は,実際に私自身が作ってみてあとから役に立った経験があったので,授業資料アーカイブについて書いてみました。もちろん授業資料アーカイブを作るかどうかは,(細かい方法やアレンジも含めて)皆様次第です。大学でこれから学ぼうとしている方や現役の学生の方の参考になれば幸いです。
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