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ファンタジー小説『Aldebaran・Daughter』【執心篇9】斜光で欠けゆく鋒鋩(vs水の蟹)中盤
バルーガを先頭に据えて一列に並び、幅が二人分くらいの細い通路のなかを進む。最後尾に居るエリカは前に居るオリキスにぶつからないよう、間隔に注意して歩く速度を調節。
だが。それ以上に、気になるのは。
ドン!……
……ドン!………、
ドン!……
……ドン!………、
出入り口に辿り着くまでの歩数は、目で見た感覚では二十歩。近付けば近付くほど、巨大な重石を落下させるような音が大きくなっていく。
……残り十歩が来ても、目標の姿はまだ見えない。床から足裏へと伝わる振動は強くなるばかり。
広間の三歩手前でバルーガは立ち止まる。音も止んだ。
「ちんちくりん」
顔だけで振り向き、最後尾に向かって小声で呼びかけ、こっちへ来るよう手招き。右手の人差し指で広間のなか、、、上を差し、顎をくいっと上げ、声を発さずに口の動きだけで(見ろ)と指示を出す。
エリカは、バルーガの右側に移動。中腰になり、下から覗き込むような姿勢で見上げた。
「!!?」
水の蟹がどんな姿か、初めて目の当たりにしたエリカは口をあんぐりと開けて絶句。右手の人差し指を震わせながら水の蟹を差し、二人の顔を見て尋ねる。極力抑えた声量で。
(あれと戦うの!?)
二人は気持ちを汲み取ることなく頷いた。
エリカは手を下ろし、恐る恐るもう一度見上げる。
水の蟹。体の色は、向こう側が透けて見える薄い水色。甲羅と爪の表面には青色の亀甲模様。此処までは良い。
脚の長さは人間の四倍で、床から甲羅の天辺までの高さは七倍近く。出入口に近付いても見えなかったのは、水の蟹が想像を上回る大きさだったせい。
なかでも一番注目すべきは体内の上部分だ。毒々しい紫色のイソギンチャクが一体、内側から生えており、甲羅の外側へ突き出ている触手の先端は緑色に発光している。
バルーガは口に左手を添え、ひそひそ声でエリカに話しかけた。
「ちんちくりん、試しに此処から出てみろ」
エリカは拳を作り、泣きそうな顔をして怒る。
「薄情者ッ!私が死んでもいいの!?」
「一人で戦えとは言ってねーよ。すぐ戻れ」
「ッ……」
エリカは表情を強ばらせ、そろぉっと通路から出た。水の蟹は此方に背中を向けていて、大人しくしている。
(……あれ?)
忍び足で進めば存在に気付かれず、甲羅の真下に入ってみると思いのほか安全だった。横歩きで移動されると危険だが、水の蟹がジッと立ち止まってくれれば、先制攻撃を仕掛けてもよさそうな雰囲気だ。
エリカは緊張した顔で振り返り、声を出さず、口の動きだけで尋ねた。
「触っても平気?」
此処まで来たら、怖いもの見たさで知りたくなるのだろう。(度胸がある)。バルーガは一つ頷いて返した。
エリカは許可を得てから出入り口付近まで戻り、蟹の脚の真横に立つと、右手の親指以外すべて差し込んでみたく、ゆっくり腕を伸ばしてみた。
「!」
最初に、中指の先端が触れる。滴が落ちたようなぽちゃんという音が立ち、表面に波紋ができた。
……手を進めてみる。温度のほうは凍るところまでいかない冷たさ。匂いは無臭。感触は、溜めた水に手を浸けているのと同じ。
「……」
指を引っ込めて右手を確認。水の付着はない。生き物に触った感覚が一つもなかった。
(〜〜ッ!)
不思議体験に、エリカは目をきらきら輝かして感動。手ばかり見ていて、バルーガが後ろから静かに腕を伸ばしてることに気付いていない。
「え?」
水の蟹は、触られたほうの脚をゆっくり上げる。
「ひゃっ!!」エリカが叫ぶと同時にバルーガがジャケットを掴んで後ろへ引っ張り、ぐるん!と通路のなかへ体を引っ込ませた。ズドン!と勢いよく降ろされた水の蟹の脚を無事回避することに成功。命拾いした。
(か、……体が、宙に浮いたっ……!)
エリカは心臓をドキドキ言わせながら、声量を抑えてバルーガに文句を言う。
「危険だって教えてくれたら、触らなかったのに!、……きゃ!!」
水の蟹は出入り口の上の壁に向かって二本の大きい爪を同時に叩きつけ、ドゴン!ドゴン!と執拗に攻撃。
相当苛立ってることが伝わる音に、エリカは怯えた顔をして弱腰になる。
「ねえ、逃げなくて大丈夫?崩れない?」
「デカブツを閉じ込めてんだ。造りは心配ねーぜ」
三人は広間の灯りが届かない所まで引っ込み、待機する。
「……」
一分後。標的を炙り出せなかった水の蟹は攻撃をやめて壁から離れ、脚の先に力を入れながら広間のなかを歩き始める。
「諦めてくれたの?」
「敵が居ないか調べてんだよ。警戒はまだ続いてる」
「数は一体か」と、オリキスは通路から顔を出して広間を見渡し、確認した。
バルーガは言う。
「トカゲみたいな奴じゃないことを祈るぜ」
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