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ファンタジー小説『Aldebaran・ Daughter』【執心篇10】斜光で欠けゆく鋒鋩(vs水の蟹)後半①

「エリカ殿、属性付与エンチャントを頼む」

 声をかけられた彼女は、左斜め後ろへ振り向いた。いつもと変わりないオリキスの表情を見て、不安が少しほぐれる。


(早く、行動に移さなきゃ)

 今回の敵に関しては出だしが狂うと、先制攻撃を仕掛けても悪い流れで戦闘を開始することになりかねないという説明はされていた。

 うかうかしていたら水の蟹が振り向いてしまう。
 エリカは腹を括り、深く息を吸い込むと、バルーガに右の手のひらを向けて詠唱。

「『風を縛りて、裂く詩声うたごえと成らん』」

 バルーガが所持している弓の鏃と、幅広の鞘へ収まっている包丁に風属性を付与。武器が新緑のような明るい緑色に染まった。

「予定通り、僕から行く」

 今日はオリキスが先陣を切って突撃することが決まっていた。彼は通路を出ると左腰に提げている鞘から長剣を抜き、水の蟹に向かって駆け出す。バルーガとエリカは物怖じしない果敢な背中を追いかけた。

 速さが異なる三人の足音が、広間を走る。

 オリキスは水の蟹の全身が視界に収まる距離まで近付くと立ち止まり、刃の平らな部分を上にして、巨大な左爪に剣先を向ける。
 狙いを定めたら、次は剣を頭上に掲げて詠唱。

「『風珠かざたまよ、散れ』!」

 薄緑色に輝く鮮やかな光の紋が、オリキスの足下を中心に展開。声に反応した水の蟹は後ろへ振り返り、縦歩きで一歩、二歩、三歩とゆっくり近付く。
 振り上げられた左爪の中心で魔法球が出現。四十九本の細い針に姿を変えて方々へ素早く飛び、爪を形成していた水を内側から穴をあけるように裂くと消えた。
 足下の紋も消える。

 剣を下ろしたオリキスは上から落ちてくる水を避けるべく後ろ向きに、タ、タ、タッと余裕を感じさせる足取りで後退。
 水の蟹がダメージを受けてよろめくのを待っていたバルーガはオリキスの右斜め前に間隔をあけて立ち、イソギンチャクの下半分に鏃を向け、強攻撃になるよう弦を引っ張り、てから矢を放つ。

    ーー ヒュッ!!

 速さは電光石火の如く。風を纏った矢は、水の蟹の目と目のあいだに向かって真っ直ぐ飛んで行き、命中すると水を弾いて細い空洞を作りながら、速度を落とすことなく突き進む。

「!」鏃がイソギンチャクに突き刺さった瞬間、バルーガは目を丸くし、すぐに右の口端を下げて眉間に皺を寄せた。

 触覚の先端から下に向かって白く染まり、石のように硬くなって動きを止める。核を攻撃された水の蟹の前には、盾の形をした分厚い防御壁が、一時的に表出。
 その代わり、鏃と矢羽根のあいだにある棒の部分、、、がへし折れてしまった。
 しかし、彼は冷静さを維持してる。

(オレが弓を引いたときの力に、篦が耐えれないのは想定内だ)

 バルーガはの時間を僅かに短縮、次から次へと矢を放った。威力は弱まっても微々たる程度。防御壁を貫通し、止まることなく奥にある触覚を破壊。砕けるたび、瓦礫が落ちて壊れたような重い音が立ち、離れた部分から黒い砂に変わって跡形もなく消える。
 イソギンチャクの下部分も穴だらけになるまで、矢による攻撃を続けた。

 死が確定した核は消滅。水の蟹は大ダメージを受けて体をゆらりと前に傾け、ドシーン!という巨大な地響きを立たせてうつ伏せに倒れた。

 過去に勝った経験があったおかげで、二人の騎士は今日、運良く攻勢に出れたが、攻撃する順番や間合いの取り方を誤ると触覚に魔法を使われてしまい、反撃に移るのが難しくなる。
 では、上部分さえ封じておければいいだろうと浅く考えて、イソギンチャクの下部分を残して戦うのも駄目だ。触覚が再生されて戦闘が長引く。


 バルーガは残っている防御壁に向かって矢を放ちながら、遠く離れた位置ーー自分から見て左方向ーーで待機してるエリカに声を掛けた。

「ちんちくりん、魔法だ!!」

「うん!」

 出番が回ってきたエリカは一つ頷き、右手の人差し指と中指を立てて詠唱。

「『刈り取るは徒花あだばな、張り巡らすは風の匐枝ふくし

 彼女は立てた指の腹を自分の唇に当てると右腕を伸ばし、水の蟹の右爪に指先を向けた。狙いを定めた部位の真下ーー床を始点に、緑色の光を放つ幅広の帯が、渦を巻くように中央からゆっくり紋を展開していく。

ひつぎと呼び、そらへ舞え」


「……」

 オリキスは顔を左に向け、真剣な表情をしているエリカの姿を一瞥したあと顔の向きを前に戻し、倒れている水の蟹へ目を向けた。
 蟹は左爪を再生しようと、床に撒き散らかした水を引き寄せている。完全に形状を取り戻すまで残り半分……。
 詠唱のほうは手こずってて、まだ終わる気配なし。
 どちらが先に動くか。

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