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チュートリアル逃避

奈良県で下宿をしたとき、TVの電源を入れてチャンネルを回すと、知らない放送局の番組が「おまえはよそ者」という疎外感を与えてきた。歪んだ認知。19歳の私は鬱や神経症の真っ只中に居て、気持ちが追い込まれていた。

ふと、情報番組の『2時ワクッ!』が目に留まる。山本浩之アナウンサーと藤本景子アナウンサーの会話が心地良く、吉本新喜劇の辻本茂雄氏と未知やすえ氏が登場しているのもあって、安心しながら視聴を続けることができた。見慣れた芸能人が映っているだけで、なんとはなしに凝り固まったものが緩む。


……穏やかな午後。楽しい時間はあっという間に過ぎて今日の放送が終わりに近付き「また来週も視聴したいな」と画面を見ていたら、若い芸人が前に出てきて漫才をし始めた。チュートリアル。知らないコンビ名だ。
私は吉本新喜劇と関西弁は大好きだが、お笑いに関しては、全国区での知名度が低い若手の名前に疎かった。
(彼らが映っている『2時ワクッ!』は残念なことに下記の映像しか見つけれず、特番扱いだからかこの日は漫才がなかった。阪神の話題がメインの内容ですので、野球ファンの人、自己責任でお願いします)


まぁ、知っていようが知っていまいが、どうでも良い。人生のドン底に住む私を、画面に映っている2人が笑わせている。幸せな現実逃避だ。就職活動を成功させて祖父母を喜ばせ、一刻も早く自立したいのに。

私は挫折のショックと家族全員の不仲が原因で、悲惨なまでに心が傷付いていた。この世からいつ消えてもおかしくない様子を見兼ねた母が、郷の奈良に避難させてくれたのだが……。
求人誌を開いても電話をする勇気が出ず、したい仕事に手が届きそうだった輝かしい昨年の思い出にしがみ付き、頭を切り替えて頑張ることを愛せなかった。不安でぎゅうぎゅうだったのだ。


バラエティ番組を、漫才を視聴して笑うと、嫌な気持ちが短いあいだでも消えてくれた。

下宿を始めて1ヶ月経つか経たないかのうちに祖父との折り合いが悪くなって、逃げるように家を飛び出した翌日。ひとりで外を歩くことができない、電話の受け取りすら怖くなって家に引き篭もるほどの嫌な目に遭ってしまった。
何も悪いことはしていない。
歩いていた。それだけで、標的になってしまったのだ。


実家に戻り、苦しみは相変わらず続いたが、新聞を開いてチュートリアルが出演する番組を調べ、TVを視聴する楽しみを少しずつ増やしていった。

月日は流れ、チュートリアルの名前がいよいよ全国に広まって人気上昇。次第に番組を追いかけるのが難しくなるほど彼らは多忙になり、私は恋人ができたこともあって、いつからか視聴を諦めていった。仕事に就き、家族の仲が良好になったのも大きい。逃避する必要が無くなった証拠と言える。


近年は、徳井義実氏が税金問題で批判を浴びたが、2人の漫才が私に元気を与えてくれた事実まではなかったことにしたくない。

風向きが良くなりますように。一度落ちたら、次は上しかないです。底を知ってる人は、立ち向かった分量だけ強くなれる。

福田さんは育児エッセイの寄稿をしていらっしゃるご様子。コロナ禍で大変な世の中ですが、親子揃って乗り切れますように。

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