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ナンパされた話

それは、セブの中心にあるショッピングモールAyalaのダイソーの前でSNSの返信をしていた時だった。

突然「すみません」と声をかけられた。
「あの、いま何時かわかりますか?時計を忘れてきてしまったもので……」
メッセージを打つ手を止めて目を上げると、フィリピン女性がこちらを見つめていた。

年は27、8歳といったところだろうか。きれいなストレートのロングヘアーが背中のあたりまで伸びていて、シャドーで飾った大きくてクリっとした黒い瞳が印象的だった。ふっくらとした唇に塗られた口紅は、少し紅が大げさな感じがするものの、太陽の町セブではむしろハイビスカスのように鮮烈だ。美人とかわいいを足して2で割った感じの愛想のいい笑顔だ。

腕時計はしない主義なので、SNSの返事を打つ手を止めて一旦携帯をオフにし、再びオンにした。ロック画面に4:51の文字が表示されていた。それを相手に見せて言った。
「4時51分、もうすぐ5時ですね」
「そうですか、ありがとうございます」
「いえいえ」
そう言って再びSNSの返信に戻ろうとしたのだが、なぜかその女性は立ち去らずに、こう言った。
「もしかして、奥さんは中(ダイソー)でお買い物ですか?」
一旦言葉につまった。何でそんなことを聞くのだろう?でもSNSの返事を早く書いてしまいたかったのも手伝って、
「ええ、そんなところです」
と適当に答えた。
答えが曖昧だったからか、それとも日本語英語の発音に慣れていないのか、彼女はさらに
「あ、もしかして奥さんじゃなくてガールフレンドでしたか?」
と言葉を続けた。
つくづく変なことを聞く相手だな、と思ったものの、すでに奥さんを待っているのかと聞かれてそうだと答えてしまった手前、その線で答えるしかないかな、と思って、
「ええ、妻とここで待ち合わせしているんです」
と答えた。
すると彼女は少しバツの悪そうな表情を浮かべて、
「そうでしたか、ごめんなさい」
と言って去って行った。
それで再び携帯に向かって、SNSの返事を再び書きはじめた。
その時、突然ひとつの考えがひらめいた。

あれ、もしかして、今ナンパされてた!?

ああっ!
いくら時計を持っていないからと言って、見ず知らずの異性に時間を聞くだろうか普通?しかもおまけにパートナーがいるかどうかまで確認してくるものか?
だとすると、「妻と待ち合わせている」なんて適当に答えないで、もっと違った答えをしてたら全く別の展開になっていたのだろうか?

「いえ、ちょっと時間があったので、少し買い物でもして、コーヒーでも飲んで帰ろうかと思っていたところです」
「そうだったんですね。もしよかったら、ご一緒してもよろしいですか?わたしもどうやら待ちぼうけにされちゃったみたいで」
「ええ、構わないですよ。じゃあ、その後一緒に食事でも?」
「本当ですか?ぜひ……」

ああ、広がるファンタジー。

慌てて彼女が去っ行ったた方に目を向けると、もうそこに姿は見えなかった。

まったく、海外生活は、気をつけなくちゃね。

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