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【D】大島洋平名球会へ

 暗い話題が続く中日に、久しぶりに嬉しいニュースが。チームリーダーの大島洋平が2000安打を達成し、見事に名球会入りを果たしたのだ。今回は、そんな不世出の好打者にハイライトを当てよう。

愛されていることが分かる「あの歌」

 ナゴヤドームへ行くと、大島のユニフォームを着たファンは非常に多い。それもそのはず、地元の名古屋で生まれ育ち、古豪の享栄高出身の真のフランチャイズ・プレーヤーだからである。立浪和義監督の2つ名として定着しているが、彼もまたミスタードラゴンズである。

 彼がいかに愛されているかは、他球団をひいきしている方々も球団歌の「燃えよドラゴンズ」を聞いていただけるとわかるのではないか。なんと新人だった平成22年シーズン版から皆勤賞なのだ。おそらく、ここ数年でファンになった方にこの歌を歌わせたら、ほとんどの方が「1番大島、塁に出て」というだろう。名実共に中日の顔なのだ。余談ではあるが、初登場の際には「俊足好打の大島君」と歌われている。これは昭和49年の初代燃えよドラゴンズで、先年亡くなられた大島康徳氏の事を「一発長打の大島君」と歌った際のオマージュである。これを聞いた祖父が懐かしそうに昔を懐古していたことを昨日のように思い出す。燃えよドラゴンズは世代を超えて歌われる素晴らしい歌なのだなと感じた。

引退後は…今は言いたくないが

 大島には、完全に燃焼し灰になるまで現役を続けて欲しいが、引退後は彼の背番号8を永久欠番に、そして中日の監督に君臨して欲しいものである。何年先になるかは分からないが、彼が現役選手のうちに再びチームを優勝に導いて欲しいのだ。

 中日の永久欠番というと、あまり知られていないが10と15である。しかしながら、これは引退勧告を拒む選手たちを辞めさせるために球団が用意したものなので、「円満に永久欠番となった選手」は87年の歴史の中で1度もないのだ。これは悲しすぎる球団史である。ぜひ、名古屋の宝である大島の名前を残す手段として永久欠番を使って欲しいものだ。

 また、監督となって再び中日に戻ってきたあかつきには、再び小学生だった頃のように狂信者として中日を応援したい。ただ、大島のことを何も知らない世代の人間が現在の立浪監督のように批判をしている姿は見たくないので、その時には強いチームとなっていて欲しいものである。

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