テクノロジー

越境するイノベーター『BTC人材』

これからの時代に、どのような人材が社会から求められるのでしょうか。

問いに対する答えの一つに『BTC人材』が挙げられます。BTCとは、B:ビジネス、T:テクノロジー、C:クリエイティビティを組み合わせた言葉で、イノベーションを生み出す組織や個人の理想形といえる要素を表します。

何か新しいものを創り出そうというときに、ビジネスの観点だけでも、テクノロジーだけの観点でも、クリエイティビティ(UXやデザイン)だけの観点でも成功はおぼつかない。これらの3方向から見てスイートスポットにピタっとはまっているプロダクトやサービスが、社会やユーザーから支持されるのでしょう。

近年、インターネット以降から、特にデザインの力が注目を集めています。企業がユーザーと向き合う際に重要になるのが体験で、その体験をつくるのがデザインの仕事だからです。どんなに優れたテクノロジーでも、デザインを踏まえた良質な体験を提供できなければ、人に受け入れられ、人の生活に入り込むことは難しいということでしょう。

本書は、デザイン・イノベーション・ファームTakram代表であり、英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート名誉フェローの田川欣也氏が、そのBTCの概念を、特にC:クリエイティブの観点から解説されています。

なぜ今、BTCなのか?

インターネットがもたらした、ビジネスにおける大きな変化はなんでしょうか。本書では、作り手と消費者のあいだのつながり方の変化だと語られています。具体的にどのようなことか。

簡潔にいうと、インターネット前後でビジネスが「売り切り型」から「サブスクリプション型」に変化しているということです。「売り切り型」では、単発の決済が完了した時点で売り主と消費者の関係性が切れるが、「サブスクリプション型」では、完成品に対して一括でお金を払うのではなく定期的に使用料を支払い関係性が続く。

このサブスクリプション型のビジネスで収益を保つために、「顧客に長く使い続けてもらうこと」が最優先課題となります。企業は、顧客の課題を解決し、使い心地がよく、かつ企業哲学を体現したようなプロダクトとブランドを作り込みます。そのために企業は、BTCの3要素を結合させた組織体である必要があります。

私たちが日常的に使用するプロダクトをあらためて眺めると、優れたビジネスのモデルに、適切にテクノロジーが活用されながら、プロダクトとユーザーをつなぐ潤滑油としてデザインが機能していることが、見えてくるのではないでしょうか。

求められるBTC人材

このような背景もあり、いま多くの組織は、だぶつく「オペレーション人材」を不足する「イノベーション人材」へとコンバートする課題を抱えています。

先日、日経新聞で取り上げられていた「黒字リストラ」の記事では、上場企業の早期退職者が6年ぶりに1万人を超えたことを背景に、好業績にもかかわらず人員削減策を打ち出す企業が増えていると紹介されていました。

これはまさに、業績が堅調なうちに人員構成を見直し、組織における人材の質的転換を図る動きであるとみて取れます。

また、「副業促進」の加速も顕著です。これもまた日経新聞の記事ですが、ライオン社が開始する人事部による副業紹介の動きで、あくまで個人主導だったものを企業主導に切り替える取り組みです。

副業は「養いきれないので、自分で稼いでください」という企業からの裏メッセージとも受け取れますが、本施策の目的には、越境することでオープンイノベーションを促進する意図があるのでしょう。

今こそ社会は、高い志を土台にしたアイデアを、実社会で具現化し、スケールしていけるイノベーター人材=BTC人材を求めていることがわかります。イノベーションとは、どのようにして起こるのか。本書ではこのように書かれています。

「価値創造」はどうやったら起きるか。その大半は、異種交配による新結合です。よくゼロイチという言葉の響きからは、独創的なアイデアが無から生まれるというイメージがつきまといますが、実際にはそういうパターンはほとんどありません。多くのイノベーションは、以前から存在していたが、普段出会うことのない複数の要素が、独特の形で出会い、結合することで価値化するパターンです。

なぜBTC人材がイノベーターになりやすいかというと、領域を越えて新結合が起こりやすい状態にあるからでしょう。

どのようにしてBTC領域を越境するのか

詳細は本書に委ねますが、「越境人材を育てるシンプルなルール」が記されています。これはTakram社の人材育成に組み込まれた「二足歩行型の越境」と呼ぶ考え方のようです。

片足を自分が安心できる得意な領域に置きながら、片足は新しい分野に踏み出して、探り探り進んでもらう

ピボットの概念にも近しいように思います。安全な領域に軸足は残しつつも、未知なる領域にもう片方の足を突っ込みながら、段階的に方向転換を図っていく考え方です。

自己成長を促す環境は、リスクの無い「コンフォート・ゾーン」でも、リスクに溢れる「パニック・ゾーン」でもなく、その間にある適度なリスクのある「ストレッチ・ゾーン」だと言われます。片足で探り探り進んで行く発想は、理にかなっていると言えそうです。

また、越境人材に関連し「エッジ・エフェクト」という興味深い概念が紹介されていました。

生物の進化の歴史を紐解くと、様々なバリエーションの種が多数発生したのがこの海と陸の境界線(エッジ)だった。

あらゆる生物が海の中で暮らしていた時代に、敢えて海と陸の境界線に挑んだ。その結果、両生類が誕生し、陸地への適応を果たした種がやがて爬虫類や哺乳類へと進化していった。

エッジ(境界線)に挑むことが越境するための条件、というと当たり前のように思えますが、我々の祖先もそのようにしてイノベーションを獲得してきたことが示唆されています。さぁ、我々はこの先、どのようなエッジ(境界線)に挑むのでしょうか。

「学習の4つのA」で越境に挑む

BTCの越境を目指すのであれば、当然ながら、学ぶことが不可欠です。本書では「学びのマインドセット」についても触れられていたので紹介します。

書籍『ザ・プロフィット』から「学習の4つのA」というステップが取り上げています。テーマ問わず、気づき(Awareness)→違和感(Awkwardness)→達成(Achievement)→一体化・無意識化(Assimilation)の順に学習が進むとされ、以下のように解説されています。

学習を進めていくと、かならず「違和感」の状態を経由する。そこでやめない、あきらめない。そこを抜けると「やればできる」達成の状態にいく。さらに進めていくと、無意識でもやれるようになる「一体化」の境地に入る。

これらのステップを頭に置き、学びの状態を客観視することで、時に違和感を覚えても通るべき道だと歩みを止めないことが、越境をサポートする重要なマインドセットになります。

まとめ

BTCとはなにか。なぜ求められているのか。「越境」の方法やマインドセットとはどのようなものなのか。これらの観点から、この先の時代に求められる一つの人材モデルを見てきました。

今後も時代は、ビジネス×テクノロジー×クリエイティブの掛け合わせを求める傾向は続くでしょう。ただ私たちにとって何より重要なことは、なりたい自分になるためにどのような越境に挑んでいくか、ということなのではないでしょうか。

片足を置く軸をどのように定め、その上で、もう片方の足をどこに向かって踏み出しますか?

参考:田川氏の講演記事も合わせてどうぞ


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