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サプライズ・ニンジャ・ セオリー

夏休み真っ只中のこの日、高校2年の山本は演劇部のメンバーを教室に集め、急遽脚本相談のためのミーティングを開いた。初めてのことだった。新作のプロットが途中で煮詰まり、途中からの展開が何も思い浮かばなくなってしまったのだ。

「部長、こういうのはどうですか?」後輩の梶谷が自分なりのアイディア提案する。「悪くない、が……それだと終盤がとっ散らかってまとめられなくなる……」

山本はストーリーテリングの理論や手法を日頃から熱心に勉強しており、奇を衒わず王道で芯の通ったシナリオを書くことに定評がある脚本家だ。部員からの信頼も厚く、代替わり会議ではほぼ全会一致で今代の部長にも選ばれた。

「ほぼ」。そうだ。一人だけ、数日前の代替わり会議に参加すらしなかった奴がいた。星田だ。星田は山本の同期の役者だが、本当は脚本志望だった。星田の作る脚本は単純にクオリティが低く、山本の足元にも及ばなかった。それで役者しか選択肢がなかった。

それでも二人は気の置けない友人同士で、星田は山本の脚本をリスペクトしていたし、山本も星田が演じることを前提としたキャラクターをしばしば登場させた。星田は役者の才能はあった。いつもハマり役だった。周囲からもこの二人は「山星コンビ」と呼ばれていた。

(なのになんで、あの日来なかったんだ)山本はあの日からずっと苛立っていた。或いは不安だった。(本当は俺のことが嫌いだったのか?仲良しなフリをしていただけだったのか?部の調和のため?ひいては作品のため?)

代替わり会議の無断欠席以来、星田は一度も部活動に顔を出していない。放課後も休日も、第二の家のように部室に入り浸っていたあの星田が。山本は部員の前では平静を保っていたが、脚本は雄弁に語る。あれ以来、何も書けない。そして今日に至るのだ。

「部長、やっぱり星田先輩のこと」「すまない、ここにいない人の話を今しないでくれないか」「でも……」

本当は初めから分かっている。今の脚本に足りないもの。物語の中盤に登場して、それまでの話を舞台ごとひっくり返すような特異な存在だ。それにより後半の爆発的なカタルシスが生まれる。序盤の伏線も活きる。それは山本の中では、星田が演じる役に間違いなかった。星田以外にありえないのだ。星田でないとこの役はできない……だから筆が進まない……星田はもうあの日から……。

ガラガラ!

突然、大きな音を立てて教室の戸が引かれた。「よお、お前ら」

山本は目を疑った。「ほ、星田……?」星田だ。その声、その顔。その背丈。だが、その服装。首元にスカーフ?コスプレ?それはまるで……

「すまん、いきなりデカい音立てて無礼だったわ。ドーモみなさん、しばらくぶりです。星田です」星田はどこか引きつった笑みを浮かべながら、恭しくお辞儀して挨拶した。

「お前らさあ、サプライズニンジャ理論って知ってるかあ?」

突然の来訪に目を白黒させっぱなしの部員一同であったが、用語に反応できた山本は少し冷静さを取り戻した。「知ってるよ、最近ネットで話題になってたやつだろ。物語の途中に突然忍者を登場させて他のキャラを皆殺しにし、もしその方が物語が面白くなるならその物語には面白さが足りないって話だ」

作劇理論を話したことにより山本は少し饒舌になった。「星田お前、何のつもりだ?いきなり来たかと思えば何の話だ?脚本の講釈を垂れにきたのか?そもそもお前はなんで代替わり会議に」「そうだよ!」星田が大声で遮る。

「お前の脚本は無難でお利口でつまんねえクソだからよお!もっと面白い、アー、作劇理論?を教えてやろうと思って来たんだよお!今お前が悩んでるクソ脚本!サプライズニンジャ理論が実際ピッタリだろうが!イヤーッ!」「アバーッ!」

ホシダの投げたスリケンが1年生の男子部員の額に刺さり即死!「アイエエエ!?」「ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」部員たちはNRS症状により次々に発狂、失禁!ホシダは!?いない!?「イヤーッ!」「アバーッ!」一瞬で2年生部員の背後に移動していたホシダがチョップで首を切断!スプリンクラーめいて鮮血が噴き出る!ナムアミダブツ!

教室は一瞬にしてツキジのマグロ解体ショーめいたゴア現場と化した!「アイエエエ!」カジタニは廊下へまろび出る!「誰か助け……アイエッ!?」廊下には守衛の死体が2つ!既に何人か殺しているのだ!助けなど来ない!「イヤーッ!」「アバーッ!」ホシダの投げたスリケンがカジタニの後頭部に刺さり即死!

「ア、ア……」ヤマモトは腰が砕けたように座り込み、夢遊病めいてホシダの殺戮を眺めることしかできなかった。何が起こっている?ホシダが、ニンジャ……?ニンジャナンデ……?

「おい、どうだ!?ヤマモト=サンよお!」5人目の部員を殺害したホシダは血まみれの下卑た笑顔をヤマモトに向け、ゆっくりと歩み寄る。「ニンジャが出て殺す!これがサプライズニンジャ理論だ!クソどうでもいい高校生同士の会話シーン!?すれ違う男同士のユウジョウ?オロロロロー!吐き気がするほどクソつまんねえだろうが!」

動けぬヤマモトの目の前にホシダは屈み込み、顔を近づけた。「そんなんじゃねえんだよ!いいか!観客が求めてるのは!」その時!

「Wasshoi!」

KRAAAAASH!禍々しくも躍動感あるシャウトが響き渡り、外面の強化窓ガラスを突き破って赤黒のニンジャが教室内に飛び込んだ!「なんだ!?」「ドーモ、初めまして。ニンジャスレイヤーです」軽やかに着地したニンジャスレイヤーは機先を制しアイサツした。ホシダは動揺しながらも立ち上がり、アイサツを返す。「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。トリックスターです。てめえ何者だ!何しに来やがった!」

「おれはたまたま近くを通りかかっただけだ。だがお前には聞きたいことがある」「ほざけ!イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャとニンジャのイクサが始まった!

「……」ヤマモトは座り込んだまま、夢遊病めいて色つきの風が吹き荒れるのを眺めることしかできなかった。何が起こっている?トリックスター?ハンドルネームか何かか?あいつ、自分のことをトリックスターと?

「グワーッ!」トリックスターの悲鳴と共に色つきの風が止んだ。仰向けに倒れたトリックスターの上にニンジャスレイヤーがマウントする!「イヤーッ!」右パウンド!「グワーッ!」ガード貫通!「イヤーッ!」左パウンド!「グワーッ!」ガード貫通!「イヤーッ!」右パウンド!「グワーッ!」「イヤーッ!」左パウンド!「グワーッ!」

「念のため聞いておくが、サツガイという男を知っているか」パウンドを続けながらニンジャスレイヤーがインタビューした。「グワーッ!、サ、サツガイ?何の話だよ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「だろうな。では、 #ニンジャスレイヤー222 のことは知っているか」「222?さっきから、何の話を」「知らないか。イヤーッ!」「グワーッ!」「 #サプライズニンジャコン のことは知っているか」「な、何の話」「イヤーッ!」「グワーッ!」

運良く生き残った部員は全員すでにどこかへ逃げており、今やこの教室に生きている者はトリックスターとニンジャスレイヤー、そしてヤマモトだけだった。「イヤーッ!」「グワーッ!お、おいヤマモト=サンよお!」「無駄口を開くな!イヤーッ!」「イヤーッ!」最後の気力を振り絞り、トリックスターはニンジャスレイヤーの腕を掴んだ!睨み合う両者!

「貴様」「や、ヤマモト=サンよお!」膠着状態のまま、トリックスターは再び叫ぶ!かつて一流の脚本家を夢見、そして親友に敗れた己の作劇理論を!「か、観客が!求めてる、のは!叶わぬ夢想だ!カタルシスだ!ファンタジーと破壊衝動だ!冴えない主人公がある日突然チート能力を得て無双する!流行ってるだろうが!」「イヤーッ!」「グワーッ!」競り合いを制したニンジャスレイヤーが再びパウンドを開始!

「イヤーッ!」「グワーッ!お前の次の脚本!」殴られながらヤマモトに向けてなおも叫ぶ!「イヤーッ!」「グワーッ!こんな風に」「イヤーッ!」「グワーッ!ニンジャが出て」「イヤーッ!」「グワーッ!殺す!」「イヤーッ!」「グワーッ!それが一番」「イヤーッ!」「グワーッ!面白くなるだろ!?」

迫り来る死を覚悟したトリックスターは、最後にヤマモトを見た。ヤマモトは絞るように一言答えた。「クソだろ、そんなプロット……」「ア……」「イヤーッ!」「グワーッ!サヨナラ!」トリックスターは爆発四散!

ニンジャスレイヤーは立ち上がり、教室を去ろうとした。特に意味のないイクサだった。偶然すれ違った、ただのニュービーニンジャだったか。「……ホントはさ」ヤマモトが独りごちた。ニンジャスレイヤーは窓枠にかけた足を止めた。「俺もホシダみたいなのが書きたいんだよ、異世界転生チートとか……サプライズニンジャ理論とか……大好物だよ、クソみたいな話……でも、物語論、三幕構成……お作法通りに作らなきゃウケない……部員からも王道が求められてる……芯の通ったシナリオに定評のある……もう刷り込まれて……」

「もう書けないんだよ!支離滅裂な展開なんて!雑な爆発オチなんて!童話の最後にとりあえずニンジャ出して殺すだけなんて!どうでもいい与太話一つとっても気がつけば起承転結!理解されやすい構造!凝ってしまう!練ってしまう!そうなってしまった!でも、それが求められているもので、でも俺が書きたいのは!」

「お前、脚本家か」不意に口を挟んだのはニンジャスレイヤーだ。「エッ?アッハイ」ヤマモトは一瞬体を震わせたが、やがて目を大きく見開き、決断的にニンジャスレイヤーの方を向いた。「脚本家です。演劇の」ニンジャスレイヤーは窓の外を向いたまま話を続けた。「自分が作りたいもの。人から求められて作るもの。どちらも大事だ。等しく価値がある」

「エ……」「イヤーッ!」一瞬後、ヤマモトの目の前で、ニンジャスレイヤーは赤黒の風となって消えた。ツキジめいた教室にヤマモトは独り。意外にも頭は冴えていた。ヤマモトは立ち上がり、ホシダの、トリックスターの爆発四散痕に近づいた。

死体すら残っていない。だが、分厚い紙束のようなものが燃え残っていた。手に取ってみると、自分の書きかけの脚本のコピーであることが分かった。いつ、どうやって?いや、それよりも。途中で筆が止まった箇所の先。勝手に書き足されている。ホシダの字だ。中盤に突如現れる「トリックスター」が、主人公たちを翻弄し、物語をめちゃくちゃにしていく……

それは、脳内で何度もイメージを描きつつもアウトプットできなかった、ヤマモトの元々の構想とほとんど同じだった。元々は、ホシダを活躍させることだけを考えて練り始めたプロットだった。「やっぱクソじゃねえかよ、こんなの……」ヤマモトは紙束を持つ手を震わせ、嗚咽した。

(終わり)

あとがき

小説なんか書いたこともないのに、 #サプライズニンジャコン に参加したくなって、それでアイディアを思いついたので、しました。ついでに #ニンジャスレイヤー222 にも参加してやろうというヨクバリ計画です。

気をつけたのは、前半をいかにクソつまらなそうな話にするかと、ニンジャが出た途端ニンジャスレイヤーみたいな話と文体にするのと、話を読み切ってくれた人に「確かにこれは前半の流れをグダグダ続けるより突然ニンジャが出てきた方が面白かっただろうなあ」とサプライズニンジャ理論を体感してもらえるか、の3点です。

どうだったかなあ。

カフェラテかミルクティー買います いや、カフェラテの方がカラテが高まりそうなのでカフェラテにします