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不要不急の外出を避けてル・クルーゼを焦がす

教育系の仕事をしている関係で、不要不急の外出を避けてくれ、という根拠があるかないかわからない通達に対し、対処せざるを得ない。私自身、正しく恐れたいと考えてはいるが、やはり今私が発症すれば教室はストップする。その責任感が発動すると自分だけの価値観で動くことが難しい。映画やお芝居、そして友人との食事が趣味の私にとってそこが制限されるのはつらいが、ここ2週間は仕方ない、と週末引きこもって過ごすことにした。

読みたい本はあるし、新年度のためにトライしておきたい教材もあるし、まとめ借りした新作映画もあるし、なによりネット配信をいくつか利用している。元々インな性格だし、家にいることが苦痛というわけでもない。制限されているからそれが窮屈なだけだ。家族も不在の一人きりの私の週末はすべてが順調に進んだように思えた。しかし… 日曜日の午後に悲劇は訪れた。

夜と翌週のつくおきを兼ねて、きんぴらごぼうを仕込んだ。私の相棒のル・クルーゼ出動。18センチのココットロンド、この形と大きさは本当に便利。色もビタミンカラーで見ているだけで元気になるし、もう10年以上、私の料理の腕を支えてくれていた。料理は私のストレス解消の一つでもある。だから引きこもりの週末、むしろ楽しみとして料理をしていた。それなのに…

炒め煮をしながらネット配信でアメリカドラマ「Good Fight」を見ていた。大好きなリーガルもので、なにより新しいドラマなので、アメリカの今を反映している。現政権を風刺しながら進む、なんていうシニカルな展開も大好きで、コロナ自粛になってから、現在配信されているシーズン1~3を見続けて、あと3話でシーズン3が終わるところまで来ていた。カルメ焼きみたいな匂いがしてきた、と自覚したのは、残りが2話になり、その半分が終わったところ。つまり10分の炒め煮を90分放置していたことになる。OMG…

人間、恐ろしいことに対するとき、最初は正視できないものだ。とりあえず、悲劇は起きているだろうけど、ふたを開けず、火を止めてコンロから鍋を外し、常温に戻す。平静を装おうとする心理もはたらいて、ドラマ視聴をとりあえず鍋が冷えるまで続けた。もちろん鍋のことをちらちらと思い出しながら、それでも現実逃避。結局その後、私はシーズン3を制覇するまでドラマを見続けた。

そしておそるおそるキッチンに行き、鍋の蓋をあける。一人なのに絶叫。野菜の上部はかろうじて野菜の色を保っていたものの、その下はとにかく真っ黒に炭化。そして思った通り鍋の底面に張り付いている。常温に戻っていることを確認して水を入れてみる。洗剤を入れずにしばらく水につけて、軽く野菜をそぎ取ってみる。野菜の色の部分は簡単にとれたが、炭化した部分はもちろん鍋から離れる雰囲気ではない。このとき想定した最悪の事態は、炭化した野菜が底面から離れるとき、職人技でほどこされている鍋のホーロー加工も一緒にはがれてしまうこと。こうなったら鍋はおしまいとなる。

それでも大好きな鍋をあきらめられない私は絶望的な鍋を目の前にしながらも焦げをとる手順を踏むことにした。やれることはやってみよう。この手のホーロー鍋が焦げたときの対処は、手元にあるものでは重曹が効果を発揮する。力をかけずにはとれないレベルの焦げを残したままその焦げが隠れる程度に鍋に水を張り、そこに小さじ2~3の重曹を入れる。そして弱火で火にかける。10分ほどふつふつと煮立たせたら火を止める。その後、手を入れられる温度にお湯が冷めるまで待ち、やわらかいスポンジで、洗剤をつけずに重曹とお湯のままの状態の鍋を力を入れずにこする。その後、お湯を捨て、中性洗剤でやさしく洗う。これで1ルーティーンだ。

時間を少し空けてまた同じ手順を踏む。4回繰り返したところでこの日は終わり。水と重曹だけの状態で夜放置した。翌日さらに1回。この日は仕事だったので手順は一度だけ。夜は同様に水と重曹で放置。

そして今朝、6回目の手順を繰り返した。結果、底面のホーローははがれていないことがわかり、ほぼすべての焦げが底面から除去できた。色素沈着はあるが、これはその前からの使い込みもあるので品質に影響はしない。見事に私の相棒は復活してくれた。

やったー、と声に出して小躍りした。その底面をカメラで撮影し、家族に送信。Twitterにもアップする。そして気づく。購入して10年超。この鍋は本当に私にとって大切な大切な存在だったのだ。東日本大震災の時は節電のためにもと毎日これで炊飯していた。息子のお弁当のためのひじきの煮物もきんぴらもラタトゥイユもこれで作ってきた。他にも鍋はあるが、とにかく大きさからしてもこれが一番使い勝手がいい。なんでも同じというわけではない。私にはかけがえのない生活の歴史を一緒に刻んだ鍋だった。失いかけてはじめて、存在の大きさを自覚する。出会えたことを奇跡だと感じる(決しておおげさではなく)。ごめんね、ルクルーゼ。これからはドラマに浮気しないでちゃんと気にかける。火にかけたまま放置しない… 誓うよ。

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