見出し画像

脚本『母の色をまとう』3

祖母と母と娘、三世代がともに過ごす一夜の物語。(第三話)

〇人物一覧表

篠原 奈央(29)(14)…ネイリスト
篠原 芳子(60)(45)…主婦 奈央の母
水谷 けさ代(85)…芳子の母


〇同・玄関
奈央、ドアを開けると、吉岡律(60)が立っている。
律「こんにちは、吉岡と申します」
奈央「こんにちは、あの……」
律「私、けさ代さんの俳句教室で、講師をしております」
奈央「ああ……!」

〇同・居間
律、奈央がテーブルの前に座っている。
芳子、珈琲を出して、
芳子「すみません、せっかく来ていただいたのに……」
律「いえ、体調の事は聞いてましたから……実は、今日来たのは……芳子、まさか覚えていない?」
芳子「え?」
律「吉岡は、旦那の苗字。佐藤律」
芳子「ええ、あのりっちゃん……!」
奈央「え、りっちゃん?」
律「そうそう、りっちゃんです。奈央ちゃんにも小さい頃会ったことあるのよ。すっかり綺麗なお嬢さんになっちゃったね」
奈央「覚えてます」
律「ほんと! 嬉しいなあ」
芳子「びっくり……だって、ご主人は確か仙台の方で」
律「そうそう、私が仙台に行ってからはすっかりご無沙汰してたわねえ。実は、主人を亡くしてね。今は父と実家で二人暮らしで、俳句講師をしているの」
芳子「ご主人を……そうだったの……母も何も言わないから、知らなくて」
律「ふふ、そうでしょう。芳子のご主人は、お元気?」
芳子「ええ、うちは定年して」
奈央「家庭内別居中です」
芳子「ちょっと!」
律「あら。皆色々あるのねえ」
芳子「まあ……」
☓    ☓    ☓
ケーキを食べる奈央、芳子、律。
奈央「……へえ、じゃあ家は遠いのに、どうやって仲良くなったんですか?」
律「それが、補習なの」
芳子「ああ、そうだったわねえ」
奈央「へえー」
律「クラスで補習になったのが私だけで。教える役に指名されて、一緒に残ってくれたのが芳子だったのよね」
芳子「そうそう」
奈央「え、お母さん勉強できたんだ」
律「そりゃ、水谷家の人は皆できたわよ」
芳子「できたっていうか」
律「けさ代さんも、お父さまも本当に厳しくてね、私も遊びに来ると良く叱られたわ」
奈央「え……」
律「俳句教室でも一番年上だから、皆に気を遣われて嫌だって仰って……そんなこともないんだけどね、でも、そういう思いをさせて申し訳なかったと思って……」
芳子「気にしなくていいわよ。プライドが高いから、若い人に勝てないのが嫌なだけ」
律「そうかしらねえ。でも正直……芳子がけさ代さんの看病してるって聞いて、驚いちゃった。けさ代さんも、あの子はうちに寄り付かない、嫌われてるって言ってたし」
芳子「……しょうがないからやってるだけ。他にやれる人がいないから」
律「それが偉いわよ。ウチなんて、ヘルパーさんに頼りまくってるもん」
芳子「……あの人は偏屈だから、人様に弱みを見せられないのよ」
律「そうなのかしらね……あ、ねえ、芳子は、俳句興味ない?」
律、俳句教室のチラシを芳子と奈央に見せる。
律の顔写真の横に、名前と経歴、俳句本が紹介されている。
芳子「え、これ、りっちゃんの本?」
律「そうなのよ、大して売れてないけどね」
奈央「テレビ番組『俳句四季折々』でも活躍って……すごい」
律「これ、5年も前に少し出ただけだから。恥ずかしい」
芳子「すごいのね……」
律「芳子どう? やらない?」
芳子「私は良いわ。今からやったって、何にもならないし」
律「意外と、息抜きになるって人もいるのよ。お母さんのお世話の合間に俳句考えたら、楽しいんじゃない?」
芳子「でも、りっちゃんは息抜きじゃなくて仕事でしょう?」
奈央「……」
律「そうだけど……」
芳子「私もね、自分の核になるようなものを探してる時期もあったの。夫と子ども、今は母親の世話ばかりだけどそうじゃなくて、たまに自分のお世話をしたくなることもあって」
律「俳句じゃ、だめなのね」
芳子「もう探すのはやめた。私は人の世話をしてる方が向いてたし」
律「……そう」
芳子「同じ小中学校を出ても、りっちゃんはこんなすごい人になるんだもんね」
律「そんな……」
奈央「……」
芳子「ごめんね、変なこと言って。せっかく来てもらったのに」

〇同・ダイニングキッチン
芳子、ひじきを煮ている。
奈央、皿を運んできて、洗い物を始める。
黙々と作業をする二人。
奈央「……お母さんさー」
芳子「……」
奈央「孫、欲しかった? 私の子ども」
芳子「そりゃあそうだけど。お姉ちゃんの方も、会いに行こうと思えば行けるし」
奈央「……俳句、したらいいのに」
芳子「しないわよ」
奈央「じゃあ、短歌は?」
芳子「同じでしょ」
奈央「短歌だったら、りっちゃんに勝てるかもよ」
芳子「何言ってんの」
奈央「60歳主婦が才能を開花して大バズり、みたいな逆転サクセスストーリー……」
芳子「あんたは自分のことを心配しなさいよ」
奈央「はいはい、余計なことでした」
奈央、洗い物を終えて、手を拭く。

〇同・けさ代の寝室・前
閉まっているドアの前。
奈央、荷物を持ち、コートを着ている。
奈央「おばあちゃーん……」
返事はなく、物音もしない。
奈央「おばあちゃん。うどん屋さんは、ごめんね」
返事はない。
奈央「東京、帰るね。ありがとう、また来るけど……お母さんも、よろしくね」
奈央、廊下を歩いていく。

〇同・同・内
ベッドで横になっているけさ代。
けさ代「(聞いていて)……」

〇アパート・奈央の部屋・居間(夜)
キッチンで、奈央がサラダを盛り付けている。
侑李、テーブルに買ってきたフライドチキンを並べている。
侑李「そっか……まあ、少し外出できて、良かったね」
奈央「うん、ありがとう。最初元気だったから、全然気づかなかったくらいだし」
侑李「そうなの? 知ってて行ったのに?」
奈央「ああ……まあ、そうっていうか」
侑李「……」
奈央「……」
奈央、サラダをテーブルに運ぶ。
侑李「もしかして、旅行の方が嫌だったって感じ?」
奈央「嫌じゃないよ、そうじゃないんだけど……」
侑李「急に嫌になったからおばあちゃん家に行ったんでしょ?」
奈央「旅行じゃなくて」
侑李「旅行じゃなくて俺が嫌?」
奈央「じゃなくて」
侑李「あー……ごめん。感じ悪かった。今日は帰るわ」
侑李、荷物をまとめる。
侑李「あ、一人で全部食べちゃだめだよ」
奈央「食べないよ!」
侑李「……じゃあね」
侑李、微笑むが、少し寂しそうに部屋を出て行く。
侑李「……」
奈央「……」
奈央、フライドチキンをかじる。
そこへ、スマホが鳴り、芳子から電話。
奈央、渋々電話に出て、
奈央「どしたの?」
チキンをかじる手が止まる。
奈央「……!」
奈央の頭の中には、救急車のサイレンの音が鳴り響く。

〇同・けさ代の寝室
雨が降っている。
奈央、芳子、黙々と服を畳んでいる。
スマホが鳴り、芳子、電話に出る。
芳子「はい、ああ……いや、今は家。入院用の荷物作ってるところ」
奈央「(小声で)おじさん?」
芳子「(奈央に頷き)食事の習慣がしっかりついてきたら、大丈夫だって……2,3か月あれば」
奈央、服を畳んでいる。
芳子「……(急に大声で)分かってる!」
奈央、驚いて芳子を見る。
芳子、電話を切る。
芳子「ったく……」
奈央「何て?」
芳子「……電話だと切れるから便利」
奈央「……確かに」
芳子のスマホ、再び敏夫から電話。
芳子「またか……」
奈央、電話を消る。
芳子「……ただでさえ、あの人がうるさいのに、敏夫の面倒まで見てられないわ」
奈央「おばあちゃん、大分荒れてたね。家に帰せ! あの家つぶす気か! って」
芳子「かといって倒れたのに入院させないわけにもいかないし」
奈央「そうだよねえ」
奈央、奥のクローゼットから服の入った段ボール箱を出す。
すると、その後ろに真っ赤な箱がある。
奈央「なにこれ」
奈央、箱を開けると、若い男性の古いプロマイド写真が入っている。
奈央「こんなのある」
芳子「へえー、知らなかった」
奈央「誰か分かる?」
芳子「いや……誰だろう」
奈央、さらに箱を漁ると、真っ赤な着物を着た男性のアクリルスタンドが置いてある。
奈央「アクスタ?」
芳子「あれ……この人見たことある。去年紅白出てなかったっけ? 遅咲き演歌歌手みたいな……」
奈央「ええ、じゃあこれ推し活グッズかな? おじさん演歌歌手の?」
芳子「同じ人じゃない?」
芳子、写真とアクリルスタンドを見比べると、面影がある。
奈央「ほんとだ……紅海老京介だって」
奈央、箱を漁って、パンフレットなどを取り出すと、下に新聞記事が入っている。
昨年末の新聞記事、「たった一度の紅白出場 引退を決意」の見出し。
奈央「去年の年末の紅白は、最初で最後の大舞台……喉の病気があったんだって」
芳子「年末で引退したの?」
奈央「てことは、これだ……鬱のきっかけ」
芳子「……いやあ、でも、そこまで執着してないでしょ。どっちかっていうと、そういう追っかけみたいなの、バカにするタイプよ」
奈央「でも、一人で寂しかったのかもよ」
奈央、さらに奥の埃を被った赤い箱を開けると、ファンクラブから来る毎月の手紙がぎっしりと詰まっている。
奈央「ほら、10年前だもん。おじいちゃんが亡くなった直後から」
一番色褪せた手紙は2013年の日付。
芳子「ほんとだ……」
芳子、吹き出して、笑う。
芳子「ねえ、こんなおじさん歌手にハマって、若い頃の写真まで取り寄せて、なんかおかしいんだけど」
奈央「しかもその人が引退して、鬱病になっちゃうほど落ち込むなんて……」
芳子「ほんと……世話が焼ける」
奈央「意外と他人に執着するタイプだったんだね。わが道を行く人だと思ってた」
芳子「うん……厳しいのもあくまで、自分のプライドのためって感じだったじゃない?」
奈央「人のお世話はしないイメージ」
芳子「でも、やっぱり、似たようなところがあったのかも」
奈央「え?」
芳子「たぶん、相手が幸せになってくれれば、自分の存在価値があるって思えるのよ。欲をかいて、自分にはできないことをしてほしいとか、思い通りになってほしいと思ってしまうから、うまくいかないんだけどね」
奈央「ふーん……」
芳子「奈央も、いずれ分かるわ」
奈央「……」
芳子「違うか。いずれ……あなたも子どもを産めば分かるわよって言うのはだめだね」
奈央「そうだよ」
芳子「ごめん」
奈央「……私は逆に、執着するのが怖いから。自分だけで完結できるような存在価値を見つけて行かないといけないし、それが正しいと思ってるし」
芳子「まあ、今の子たちは、大変よね」
奈央「人に頼らないようにしてるつもりなのに、自分の周りの人を離したくないっていう気持ちが矛盾してる」
芳子「うん」
奈央「わがままなんだよね」
芳子「うん。いいんじゃない」
奈央「お互いわがままで?」
芳子「あの人が一番わがままよ」
奈央「それな」
奈央、アクリルスタンドと、テーブルの上の赤いマニキュアをけさ代の荷物に入れる。
奈央「お母さんも、推し、作ったら?」
芳子「でも、紅海老はなあ」
奈央「紅海老以外でね」

〇篠原家・居間(夜)
篠原雅邦(66)、ソファーでテレビのバラエティー番組を見ている。
芳子「ただいまー」
芳子、大きな荷物を持って入って来る。
雅邦「……」
芳子「あのさ、入院の件、詳しく話したいんだけど」
雅邦「……おう」
雅邦、目線はテレビのまま。
芳子「これからのこと。話したいんだけど」
雅邦「……」
芳子、テレビを切る。
雅邦「……」
芳子「明日から、実家に住む。お母さんが入院してる間は一人であの家に住んで、退院した後も、当分はお母さんと二人で住むことにしたから」
雅邦「……」
芳子「先の事はまた考えるけど。一旦、そういうことにします」
雅邦「……」
雅邦、ソファーから立ち上がり、芳子の方を振り向いて、
雅邦「……分かった」
芳子「……」
雅邦、部屋から出て行く。
芳子「おせちとか、お雑煮とか……」
雅邦が部屋のドアを閉める音。
芳子「……いらないか」
芳子、キッチンのシンクを綺麗に磨き始める。
芳子の指先には、淡いピンク色のマニキュアが塗られている。

〇アパート・奈央の部屋・居間(夜)
奈央、テーブルにケーキを置く。
奈央「はい、メリークリスマース」
座っている侑李、面倒そうに手を叩く。
侑李「メリークリスマース……」
奈央「って時期でもないか」
テレビ、紅白歌合戦が流れている。
アナウンサーの声「紅組はこちらの方が登場です! 白組も負けていませんよー……」
奈央、キッチンに包丁を取りに行く。
奈央「……」
コンロに置いてある、ひじきの煮物の鍋に蓋をする奈央。
包丁を取って、ケーキを切り分ける。
奈央「いただきます」
侑李「どうぞ、いただきまーす」
食べ始める二人。
奈央「おいしい!」
侑李「おいしいー、クリスマスって書いてないけど」
奈央「ごめん……」
侑李「いや良いよ、ケーキで年越しも」
奈央「あの……正直に言った方が良いかなって思うんだけど、良い?」
侑李「うん」
奈央「プロポーズされたら困ると思って、逃げました」
侑李「ああー、やっぱりなあ……」
奈央「分かってたの?」
侑李「だって、俺ららしくないじゃん、そういうの。旅行先のホテルで、派手にプロポーズされたりすんの、奈央嫌そうだもん。皆に見られるし」
奈央「うん……」
侑李「あと、断りにくいし?」
奈央「あ、うん」
侑李「っていうのもあって、止めようかなとも思ってたんだよ」
奈央「そうなの?」
侑李「一応ね」
奈央「……別れたいとか、そういう気はない。ただ、なんていうか……結婚しましょう、はい、いいえ、ではまとまらない話があるのね」
侑李「うん」
奈央「今後、私たちがどういう形になっていくのか。家族のイメージをしようとしても、真っ白で、何にも見えない」
侑李「うん」
奈央「だから、一緒に、考えていってほしい」
侑李「……(大きく頷き)うん、分かった」
奈央「あ、でも、考えるのも、もうちょっと待って」
侑李「うん?」
奈央「私、親を恨んで、ああはなりたくないって思って生きてきてさ。まだ、恨むの止めることは出来ないんだけどね。傷ついたことはまだ消えてくれないし」
侑李「うん……」
奈央「でも、許せるようになりたいとは、思ってる。当たり前だけど、お母さんたちにも親がいて、そこにも許せないものがあって。うまく言えないけど、そういうのを丸ごと許せるようになったら、真っ白から、何か見えて来る気がする」
侑李「うん、じゃあ、待とう」
奈央「まあ、分からないかもしれないけど」
侑李「いいよ。正直俺もすぐには分かんない。親と同じ家族を作ろうっていうのは無理だしさ」
奈央「うん」
侑李「ずっと将来の事スルーしてて、ごめん」
奈央「(首を振り)それは私もだから」
侑李「じゃあ、とりあえず今は、暫定パートナーを組むってことで、よろしく」
奈央「え、メンバーは暫定じゃないよね?」
侑李「もちろんですよ」
奈央「(笑って)ありがとう」
奈央、侑李に抱きつく。
侑李「あ、ちょっと、付くって」
侑李、慌ててフォークをケーキの皿に置き、奈央を抱きしめる。
すると奈央、突然侑李から離れ、テレビを見る。
侑李「ん?」
アナウンサーの声「昨年引退した紅海老京介さんの愛弟子、演歌歌手の紅海月京一さんです! 師匠の名曲に合わせて……」
奈央、ふっと吹きだす。
奈央「お母さんに電話しなきゃ」
紅海月の歌声が流れる。

(了)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?