【追悼文】美しきあなたの旋律に
ポリーニ、大好きでした。
私は主にグールドを聴くけれど、
ショパンを弾かないグールドに代わって
その枠はこの人しかいなかった。
初めて生で彼の演奏を聴いたのは
もう遠い昔のカーネギーホール。
友人の会社が年間契約しているバルコニー席。
ある日、今日は空きがあるからと誘われ、
以前から『ショパン=ポリーニ』だった私は
一も二もなく頷いたわけだけど
開演前に友人が申し訳なさそうに、
ごめん、今日の演目は
シューベルトとシューマンかな、と。
でもポリーニには違いない。
それから数時間、十二分に堪能した。
そしてアンコール。
じゃあ、と微笑んだポリーニが
弾いてくれたのはショパン。
まさかそこで聴けるとは思わなかった。
いやみんなは分かっていたかもしれない。
だけど私には嬉しいサプライズだった。
何曲弾いただろう。
会場の熱気は最高潮に達し、
割れんばかりの拍手が鳴り響いた。
あの日の演目が書かれたパンフレットは
綺麗な楽譜のような大きさでデザインで、
今も私の本棚にある。
削ぎ落として削ぎ落として、
だからこそあふれだすロマンティック。
精巧で無機質なほどの旋律に触れれば、
秘められた熱が解けて溶けて染み込んで、
大好きな人の指先で
背筋を撫で上げられるような酩酊感。
固く、透き通るような色気はやがて
想いの数だけ咲く花の色になる。
ツンデレ好きな人はハマるから!
なんて、茶化して言いたいこの寂しさ。
だけど美しいものは永遠だから。
ずっとずっと流れ続ける。
迷いないタッチで
終わりなき感嘆の吐息を引き連れて。
さようなら、ポリーニ。
言葉にし尽くせない感謝をあなたに
心から、心から。