エッセイ|第4話 闇の迷宮もまた、白い柔肌でできている
友人に誘われてとんでもなく気ままな旅をした。アーモンドの白い花咲くトルコ、春の頃。
祭り会場のように騒々しいチケット売り場をさまよい、どうにか乗り込んだ長距離バスが到着したのはイスタンブールから遠く離れたアナトリア、小さな村の広場。
カッパドキア。ギョレメ。奇岩群の大地。一人掘り続けるオランダ人オーナーの洞窟ホテルに泊まり、翌日はミニバンの運転手さんに案内してもらって地下都市へ。
穿つ、穿つ、穿つ。祈りは石の中に溶け、増えゆく階層が新しい毎日を作る。遠い日、それは生まれた。
凝灰岩は火山灰からできたもの、白い柔肌。その色と緩やかな曲線が、ただならぬ閉塞感を和らげている通路を歩く。明り採りの窓はとても小さなものだったけれど、そこからこぼれる光は忘れがたいほどに清らかだった。
この先へは行けないよ。本当は、まだまだ深く続いているんだけどね。
運転手さんが陰になった通路の向こうを指差して言った。見えない手が、聞こえない声が残された世界。深い闇に閉ざされた長い時間を想って思わずブルリと震えた。
こっち、こっち。
次に入ったのは台所。似たような部屋ばかりの中、そこだけは違っていた。煮炊きで煤け、天井は真っ黒。背の高い彼がふと上を向いてそこに触れた。それから私に向き直り、その指先で私の鼻をちょんと押す。
これはね、おまじないだ。この地下都市の台所の煤を付けたから君はきっと幸せになれる。
そんな話は聞いたことがなかったけれど、彼の真剣な瞳に免じて笑ってあげた。
多くを切り捨て、それでも求める何か。弱者とは誰を指して言うのか。無音の世界の中に遠く賛美歌が漂ってくるような気がした。光の中の塵は想いのカケラだ。無数の煌めき、決して儚く消えないもの。
あれから春は何度も巡って。あの日のおまじないは効いたのだろうか。それともこれから効くのだろうか。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?