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いちごオレで乾杯が、ビールで乾杯になる日までの話



乾杯が好き。
乾杯のあとに飲むビールが好き。

良かったことも辛かったことも、全部ビールにひっくるめて飲む。特に何でもない日でも、「今日もがんばりましたね」って言われてる感じがする。



と書きつつ、実は、結構最近までビールが飲めなかった。
ビールは憧れの飲みものだった。



はじめて憧れたのは、おじいちゃんの法事のあとの会食。小学生だった私は、大人たちの小さなグラスに、瓶ビールがどんどん注がれていくのを眺めていた。神戸のおじさんのグラスにも、1回しか会ったことない遠い親戚のおばさんのグラスにも、みんな同じように注がれていた。ビールは、本当に大人になったら飲めるんだ、と思った。

私も同じグラスに、オレンジジュースを入れてもらう。瓶から注がれるオレンジジュースは、いつも飲むやつの何倍もおいしそう。ちょっとビールみたいだし。

「じゃあ、乾杯」というおじさんの声で、みんながグラスを上げる。私も上げる。乾杯すればするほど、大人になるような気がした。



今日は、そんな私がビールで乾杯できるようになる日までのことを、書いてみようと思います。




ビールは、お茶の炭酸

今から8年前の2012年。私は宮城県の石巻市にいた。
前年に東日本大震災があり、まちでは復興に向けて、いろんな活動がはじまっていた。その中で私は、石巻の高校生たちとカフェをつくっていた。

「たいへんな時期に、高校生とカフェづくり?」そう思われるかもしれない。けれど、遊ぶ・楽しむ・誰かとふれあう、ということがうまくいかない時期に、誰かと何かを生み出す活動は、大切な存在だった。

カフェづくりは、30人ほどの高校生と取り組んだ。生産者さんに会いにいってメニューを考えたり、大工さんと一緒に空間をつくったり。そうして高校生たちの中で、地元の魅力や「働くってなんだろう」が自然と発掘されていく、というものだった。


現地には月2〜3回、4人のスタッフと一緒に、飛行機とレンタカーで通った。仙台空港から石巻までの道のりは、うまくいけば1時間半。だけど当時は、JRの路線にも被害があったために車が多く、渋滞が目立った。加えて冬場に雪が積もると、4時間以上かかることもあった。

だから、石巻から帰るときは、早めに出た。早く着いたら、空港のレストランで打合せして、そのあとビールで一杯やってから、飛行機に乗り込む……というコースがお決まりだった。


ただ、最初に書いたように、私はビールが飲めなかった。
「辛くて苦い、お茶の炭酸みたいだな…」
これが当時の感想だった。

仕事終わり、みんなは「ビールで!」と言って、同じグラスで乾杯している。そして、すごくおいしそうに飲んでいる。うらやましかった。ちょっと無理して、私も憧れのビールを飲んでみることにした。「やっぱりお茶の炭酸みたいだな…」と思いながら、毎回がんばって、飲んでみた。



いちごオレ、おごります


カフェづくりの活動日。休憩時間にパソコンをカタカタやっていると、生徒のひとり、Oちゃんが言った。

「飲みもの買いにいくんですけど、何かいります?」
「いいの?じゃあミルク混じってる系がいいな」

渡してくれたのはいちごオレ。「やったー!これ好き。110円だっけ?」財布を出そうとしたら、すかさず「おごりです!」とOちゃんが言った。

「いやいや、高校生にはおごらせませんよー」
「おごりたいんですよ。おごったことなくて」
「私もさすがに、高校生におごられたことないなあ」
「じゃあ、いいじゃないですか。お互い、第1号ってことで」
「……じゃあ、おごられてみよっかな。ありがとう」
「こちらこそ、これは感謝の気持ちなんで!かんぱーい!」


はじめて生徒におごってもらったいちごオレは、随分とおいしかった。こんなにおいしいいちごオレがあるのに、お茶の炭酸なんて、飲める気がしない。まだまだ私も子どもだな、と思った。



お茶の炭酸、さようなら


お茶の炭酸とさよならする日は、
生徒とのさよならと同時にやってきた。

高校生との活動は、学校と同じように「卒業式」がある。いちごオレをおごってくれたOちゃんも、3年生の3月末、卒業していった。


卒業式をした日の帰り道。
ちょっとしんみりしながら、いつものように、空港でビールをぎゅっと飲んだ。

「あれ」

舌が変になったかと思った。だって、お茶の炭酸じゃなかった。はじめて、ビールをおいしく感じた。

仕事仲間に「今日、おいしいかもしれない……」って言った。みんなは笑って、「大人になったんちゃう」と言っていた。ふと、はじめてビールに憧れた、おじいちゃんの法事を思い出した。成人してから数年経っていたけれど、この日やっと、本当の大人になった気がした。




ひっくり返されたメニュー表


石巻の高校生たちは卒業後、いろんな場所へ羽ばたいた。地元に就職する人、仙台に出る人、県外に出る人……Oちゃんは、東京の大学へ進学した。


それから約3年。

東京にいく用事ができて、久しぶりにOちゃんに連絡した。すぐ返事が来て、夜ご飯を食べることになった。久しぶりに見るOちゃんは変わっていなかった。けど、ほんのり口紅を塗っていた。


店に入って、座る。「ビールやな…」いっちょ前な独り言を言いつつ、くるっとメニュー表をひっくり返して、ソフトドリンクが書かれた面をOちゃんに渡す。

するとOちゃんは、ニヤニヤしながら受け取って、もう一度メニュー表を裏返した。


「もう、飲めますよ」


ハッとした。
そうか。はじめて会った日から、5年経っている。もう、Oちゃんは大人なんだ。ドキドキしながら、瓶ビールを1本、グラスを2つ、頼んだ。


「注ぎますね」

高校生だったOちゃんが、私にビールを注いでいる。そして、私もOちゃんのグラスにビールを注ぐ。オレンジジュースでもいちごオレでも、お茶の炭酸でもない。これは、ビールだ。

「じゃあ、かんぱーい!」


おいしい。おいしすぎてびっくりした。いちごオレもおいしかったけど、教え子と飲むビールって、こんなにおいしいのか。

なんだか、さらに大人になった気がしたから、もっと大人なことを言ってみた。


「今日は私がおごるし、何でも好きなの頼んでね」
「いいんですか?」
「うん!いちごオレの、お返しだから」


それから、いろんな話をした。
良かったことも辛かったことも、特に何でもないことも。




リアルでも、画面越しでも


2020年。
Oちゃんと最後に会ってから、さらに3年が経った。
たしか地元の石巻に戻ったって言ってたなあ。今の彼女は、出会ったときの私と同じ歳。また、Oちゃんと乾杯したい。他の生徒たちも、元気かな。T君はレスキュー隊になれたかな。看護師になったKちゃん、今たいへんだろな。Yちゃん、赤ちゃん生まれたな。画面の中なら、会えるかな。

今の世界、たくさんの人が集うのはむずかしい。リアルで会う方が貴重になってる。生徒に「おごりです!」といちごオレを手渡されたり、ビールを注ぎ合ったりは、私の中の、歴史の教科書に載るかもしれない。


けれど、画面越しだって、いいことはある。
こないだのオンライン飲み会は、料理好きの友達がおつまみを作り始めた。まねして作る人もいて、料理番組になっていた。それから、ママになった友達の子どもが、自分の描いた絵をいろいろ見せてくれた。みんなで何の絵かを当てるのをアテに飲む、クイズ番組になっていた。


リアルでも画面越しでも、変わらない。
やっぱり私は、乾杯が好き。
そして、乾杯のあとに飲むビールが好き。

Oちゃんのおかげで、おいしく飲めるようになったビールは、良かったことも辛かったことも全部ひっくるめて、今夜も私の中に入っていく。そして大人になった私に、「今日もがんばりましたね」って言っている、気がする。

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このnoteは、キリンと開催する「 #また乾杯しよう 」投稿コンテストの参考作品として、主催者の依頼により書いたものです。


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