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知らない人のお金で、父とビールを飲んだ話


先週の日曜、父と私は、会ったことのない、知らない人のお金で、ビールを飲んだ。


すぐに答えを言ってしまうのだけど、これは、「小学1年生ぶりに、父の前で真っ裸になった話」を読んで下さった方々が、お礼としてくださった大切なお金。「キナリ杯」の準々優勝をいただいたことを機に、たくさんの人がSNSを通して、父のことを応援してくださった。

noteに、お礼をお金で届ける機能があるということにびっくりしたし、添えられているメッセージもすごくあったかくて、心が動きっぱなしだった。

その中の「お父さんの、ビール代に!」「少ないけど、お父様と美味しいもの食べてください」というお言葉に甘えて、父とご飯に行ってきた。そして、その日が、父がはじめてあのnoteを読んだ日になった。


今回は、「小学1年生ぶりに、父の前で真っ裸になった話」を読んで下さった方々へお手紙を書くような気持ちで、自分の正直な葛藤や、その後の父との話を綴ります。



アウティング、かもしれない


「お父さんすごいよ、私達の話が、こんなにもたくさんの人に読んでもらえたよーー!みんな、お父さんのことかっこいいねって言ってるよーーー!!!」

大きな声で言いたかったけれど、私は父に、noteに書いたことを話していなかった。最初は、「恥ずかしいやろー!」って怒られそうだから嫌だなという気持ちだった。いつか知れても、それはそれでいいかなあと。


でもある日、こうも考えられることに気づいた。

「アウティング」という言葉がある。

アウティング(英語表記)outing
1. 出かけること。散策すること。
2 .試合や競技会に出場すること。
3 .秘密を暴露すること。特に、その人が性的マイノリティーであることを、本人の了解を得ずに言い広めること。
(大辞泉より)

私がしたことは、極めて「アウティング」に近いのではないか。本人の了解を得ずに秘密を暴露する行動、そのものではないか。なんら恥ずかしくない、誇ってほしいエピソードであることは間違いない。でもそれは私の主観。私は、自分のしたことが、ものすごく怖くなった。

とにかく考えた。一連の流れをどう捉え、これからどうすればいいのかを考えた。父が自分のことを恥じて隠し続けることで、父に拓ける世界は限られる。でも、父はそれで良かったのかもしれない、父のプライドが傷つくかもしれない。いや、こうやって閉ざしているのは私のほうなんじゃないか。そもそも大げさに考えすぎているのかも。いやいや、そんなことはない。けれど……けれど…………

ぐるぐるしていると、その時は来た。


受賞4日後の昼、父と昔よくお仕事をしていたスタイリストさんから「父にこのnoteの存在を伝えてしまった、本当にごめんなさい」という内容のメッセージが来た。そのスタイリストさんは、私も幼い頃によくしてもらった人で、いろいろと汲み取った上で、「それでも(父に)読んでほしかった」と。

冷や汗をかき、涙目になった。でも、嬉しさもあった。自分からなかなか言い出せなかった罪を、詫びるきっかけができた。だけど、いざ本当に知られると混乱してきた。なんて言おう、父になんて説明しよう

いろんな感情があふれ出る最中、まもなく父から電話がかかってきた。



父、電話で嘘をつかれまくる

※注:なんかシビアな感じになってきたので、ここからは自分のためにも、たのしく書く。急に変わるテンション、ご了承ください。

「なあ、どういうことやの?父さんのこと、何かに書いたの?Facebookか?警備員やってることも書いたんか??説明して!」

電話が繋がるやいなや質問攻めの父に、私はさらに焦り、ごまかすように嘘をつきまくってしまった。

「いや、あの、そんな具体的には書いてないよ(嘘①)」
「何を書いたん?」
「ヌード撮ってもらったよーって、それだけ(嘘②)」
「ほんまか?父さんのこと、なんて書いたん」
「えっ、えーと…お父さんはカメラマンで、でも今は人を守ることもできちゃうんだよ〜…みたいなかんじの…(嘘③)」
「何やねんそれ?ハッキリゆうてくれ。素直に言うてくれたらええから」
「待って待って、前提から話すから」
「前提はいい、パッと話して。俺に分かるように、ちゃんと。」

ちょっとイライラしている口調。そりゃそうだよね…

「……パッと話すような内容じゃないの。折を見て、きちんと伝えようと思ってたの。一旦切っていいかな、あとで掛け直す。今から打合せやねん」
「わかった。終わったら絶対すぐ連絡してや」

電話を切ると「お待たせしました〜」とジャストタイミングで、つけ麺がカットインする。最後のは嘘じゃない。これを食べながら、私は今から、私と打合せをするのだ。いや、まじめに、どう伝えたらいいか言葉が整わなかったし、電話で済ませたくなかった。



つけ麺のスープ割を頼む頃、LINEが届いた。


「その投稿、送って。読む。でも、もう読まんといてっていうんやったら、読まん。忘れる。」


本当は読んでほしい。すごくすごく読んでほしい。きちんと言おう。伝えよう。「お父さん、今日の夜、会えへんかな。30分でもいいから。」こうして、夜8時に会うことになった。



冷奴には、カラシと酢


昔、父と二人暮らしをしていたワンルームがあり、今は父がひとりで住んでいる。夜、その近所にある行きつけの屋台で待ち合わせた。父は先に座って、何かを先に飲んでいた。私を見つけて、手を振っている。腕、細いなあ。

「遅れてごめん。何飲んでんの」
「アサヒ。飲むんか?」
「うん。飲む。っていうか今日わたしがおごる」
「そんなんええから、はよ投稿見せてや」
「ちゃうの、私のお金じゃないの。この話と投稿はつながってるの」
「どういうこと?ぜんぜん意味わからん」
「そのへんも最初から説明するから。」

お待たせしましたー、と、ナムルと塩タン、そして何もかかっていない冷奴が出てくる。「きたきた。いつものカラシちょうだい。あと」「はいはい、お酢ね」と、父にかぶせるお店のお姉さん。

「…おいしいの?醤油と生姜じゃないの?」
「絶対カラシ。カラシと酢。めちゃうまいで。食べてみ」

食べる。
うん。これは良い。
すこぶる美味しい。(ちなみにこの食べ方は私の中で「カラスやっこ」と名付けられた)

カラシと酢で食べる冷奴のおかげで、自分の情緒が整ってきた。よし、この感じなら話せそう。と、本題に入る。


Web上で開催された作文のコンテストに応募したこと。受賞をしたこと。ジャーナリスト、脚本家、コピーライター、たくさんの方々が評価をしてくださったこと。有名な写真家さんもSNSで紹介してくださったこと。

それが父のことを知るスタイリストさんの元に届いたこと。父がFacebookに花の写真を投稿しなくなって以降、どうしているのかと仲間達が心配していたこと。けれどあのnoteを読んで、父が生き抜いていることに心から安心していること。そしてみんな、父にまた会いたいと言っていること。

会ったことのないたくさんの人達が、父や父の写真を「かっこいいね」と言ってくださったこと。父と私の物語を「素敵だ」と言ってくださったこと。そして、今夜の私たちのご飯とビールは、その人から頂いた、大切なお金であること。


ちょっとずつ理解が広がり、全貌を知ってくれたところで「じゃあ、送るね。」とnoteのURLを父のLINEに送った。




プロフェッショナル

「……URL、開けた?」「うん。開けてる。」


父の過去話は、結構序盤に書いてある。その部分に差し掛かってすぐ「彩ちゃん、あのな、」と声をかけられる。

あー、やばい。「なんでこんなことまで書くのん」そう言われる。ごめん。ほんとうにごめんなさい。

「ここ、28ちゃう、29。俺が独立したん29歳や。あと、ここもちょっとちゃうな。父さんはあのー、ローソンのトイレもファミマのトイレも通ってたから。ローソンは小便。うんこがファミマな?プフフッ」


父は、文字校正をはじめていた。しかも、放課後の小学生男子みたいなことを言って笑っていた。でも、何よりも安堵の気持ちが広がった。


「…何それ?内容によって使い分けてたってこと?」
「そうや、近かったら顔合わせる回数多いやん、気まずいやん!」
「え、でもローソンは目つけられたゆうてたやん!」
「いや、だからそれはうんこしたときやん。小便は言われへんよ。たまにたばこも買うてるし」

何よそれ、やめてよ食べてるのに、と二人で笑う。「もうええわ、続き読むわ、」と父。



けれど途中から、父の文字校正はだんだんとなくなっていき、独り言のようになっていった。「こんなん思ってたんかあ」「俺これ言うてたなあ、よう覚えてるなあ…」そして読み終わり、父が顔を上げた。

「もっかい読むわ。」

それから父は10分ほど、記事の中を行ったり来たりしていた。困っているのか、喜んでいるのか、わからない顔で。でもどっちにしても、父にちゃんと謝らないと、と思って言った。


「お父さん、ごめんなさい。ガードマンの仕事のとき、メガネして変装してるやんか。それくらいバレたくないことやったのに、書いてしまった。」
「…うん。バレたくなかったな。」
「ごめんなさい」
「でも、彩ちゃんが書きたくて書いたんやろ?」
「うん。すごく書きたかった。」

父は、たばこ吸うてええ?と聞いてから、続けた。


「俺な、いろんな現場いくやろ、心斎橋とか…ミナミの現場も多いねん。ホテルとかな、大丸の前とか。」「うん」

「で、警備やっとったら、知り合いとか、昔のアシスタントも結構通るねん。子ども連れて、お買いもんしてるねん。」「うん、会うやろなあ」

「アッ!って俺が先に気づくねん。で、バレるかバレるか、って思いながらヘルメット深くして、うつむいてな。」「うんうん」

「でも、おっきい声で言うねん、『トラック通ります!危ないですよー!』」「あはは、そうか、そういうのもやるんやな」

「ちゃんと守ってるやろ」
「うん。すごい守ってる」
「だって父さん、守るプロやから。大事なものに事故でも起きたら、大変やろ?」

そう言いながら父は、泣いていた。なんか、いろんなものが入り混じってる。それをおしぼりで拭いながら、私のことを許す言葉を言ってくれた。

「彩ちゃんは、書くプロやねんな。俺はちゃんと、それを守らなあかんな」



父、お葬式の打合せに発展


ビールがなくなり、次はガリチューハイを頼む父。私も同じものを頼む。
「お父さん、ガリチュー飲むんや。ビールばっかりやと思ってた」
「飲むで。追チュー(※)もする。今日はあと5回する。」
「めっちゃ飲むやん」
(※グラスに氷と焼酎だけを足してもらうこと)

でも本当に5回くらいしてたんじゃないかなあ、それからもいろんな思い出話を聞かせてくれた。noteからおばあちゃんの記事の話にもなり、その流れで、父のお葬式の打合せにも発展した。(ちなみに私は、結婚式のようにお葬式だって考えたいタイプ)

「服、白いお着物は嫌やろ?何着たい?」
「Tシャツにジーンズでよろしく!棺桶に菊もちゃうな。写真がええわ。」
「父さんの花の写真にしよか」
「お、ええな、個展やな!!」
「うん、めっちゃいい。個展やなあ」

父が撮った花の写真1500枚に囲まれる父。めちゃくちゃかっこいいだろうなあ。本当に死んだら悲しいけれど、どんなお葬式を望んでいるかはずっと聞きたかったし、話せて良かった。もちろん、まだまだ元気でいてね。



こうして、noteを読んでくださった方や、父に連絡をしてくださったスタイリストさんのおかげで、私はきちんと謝ることができ、父と楽しく乾杯することができた。本当に本当に、感謝の気持ちと、もっともっとお礼しなくちゃ、という気持ちでいっぱい。
そんな翌日、父からLINEが来た。

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読みすぎだよ。


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