祖母に死化粧をしたら生前より可愛くなった話

私のおばあちゃんは、私が大学生のときに、生涯を終えた。もうすぐ85になる歳だった。

魚の食べ方がめちゃくちゃ上手で、「ティッシュ」の発音が壊滅的に下手なおばあちゃんだった。
詩吟の先生をするほど歌が上手で、人からの頼み事を断るのが壊滅的に下手なおばあちゃんだった。


おばあちゃんとおじいちゃんは、当時にはめずらしかった恋愛結婚で、子どもを4人産んだ。おじいちゃんと喧嘩になりそうなときはいつも、「散歩行ってくるわねー」と子どもたちに伝えて、言い合う様子を一切見せなかった。散歩しながらだと心が落ち着いて、言い合いにならずに帰ってきたこともあったらしい。(おじいちゃんは私が小さいときに、癌で亡くなった)

子どもたちは大人になり、さらに子どもを生んだ。長女は3人、長男は2人、次女も2人、次男も2人。あわせて9人の孫が生まれた。その中に、私がいた。孫たちもみんな仲がよかったし、おばあちゃんのことがみんな大好きだった。

さらにおばあちゃんは、街からも愛される存在だった。町内会のリーダーみたいなこともしてたらしく、おばあちゃんが営む駄菓子 兼 たばこ屋さんには、いつも人が集まっていた。


あと、二の腕がめちゃくちゃ柔らかかった。

いつも「おばあちゃんのおもち触らせて」と言うと「あらあら、フフフ」と言いながら、たぽたぽした部分を触らせてくれていた。夏におすすめの触り方は、冷房をしっかり目にかけて、ひんやりとおばあちゃんを冷やすことだった。


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そんなおばあちゃんがほんとに冷たくなったのは、12月のことだった。

わかっていたことだったし、しっかりとお別れもできたので、わりとみんな落ち着いていた。いろんな説明を受ける中で、お葬式屋さんから「おばあさまが日頃使われていた口紅などはありますか?」と聞かれた。お葬式屋さんがお化粧をしてくれるらしかった。


おばあちゃんが死ぬ少し前、私はたまたま、映画「おくりびと」を見ていた。天国へ送り出すためのいろいろなお作法に、強い魅力を感じていた。

(おばあちゃんのお化粧、…私、してみたいな……)

と思った瞬間、声に出てたみたいで、みんながこっちを見ていた。そしたら、私と歳が一番近いいとこ姉妹が、「超いいじゃん!やろうよ!」と言ってくれた。

お葬式屋さんももちろん快諾してくれて、子どもや孫たちみんなで、おばあちゃんの死化粧をすることに。お葬式屋さんにコツをいろいろ教えてもらい、私も携帯でいろいろ調べた。

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人は死んじゃうと、どんどん硬くなっていく。冷えて乾燥していくし、普通のお化粧の仕方だと、ぜんぜん乗らない。だから最初に、ニベアのような油分の多いクリームをたっぷり塗って、人肌で顔全体をあたためる。なるべく柔らかくなるように、マッサージする。なんとなく顔色が変わっていく……ような気がする。


おばあちゃんはもともと肌がとてもきれいだから、ファンデーションは薄めに。おばあちゃんの化粧ポーチから使えるものは使うけれど、フタが割れた100均のチークはあんまりだったので、いとこにマキアージュのええやつでやってもらう。

眉毛は、一番年上のいとこのお姉ちゃんが担当。顔の印象を決める大きな部分なので、私の母も監修する。

「もっとここ、丸いかんじで書いてたよ?」
「濃すぎひん?ちょ、濃いってば笑」
「笑かさんとってよ〜ズレた〜!」

だんだんと面白くなってくる。

「シャドウどうする?」
「いつも塗ってへんかったよな?」
「え、塗ってみる?最後やし。」
「パール入ってるけどこれとかどう?うちのんやけど」
「いいやん、やってみよ」

みんなにあーだこーだ言われながら、おばあちゃんはなされるがまま。(そりゃそうか)お葬式の準備っていうよりは、みんなでおばあちゃんのおめかしを楽しんでいる時間だった。


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最後に口紅。これはちょっと議論になった。おばあちゃんのものを使うかどうか。…というのも、おばあちゃんがいつもつけているものは正直、おばあちゃんに合っていなかった。「こういう色のほうがいいんじゃない?」と娘たちに言われても、「でも余ってるし、もったいないわ」と、使い続けていた。

結局、みんなのポーチからそれぞれの口紅を出し、合いそうなものを少しずつ重ねて、「今のおばあちゃんに似合うオリジナルの色」を作っていくことになった。

「できた…!」
「え、よくない?いつもより可愛くない?」
「かわいい。笑 …けど、ちょっと若いかな?」

お葬式屋さんが「そんなことないですよ、絶対喜ばれてます。みなさんに囲まれて、綺麗になって…きっと嬉しいはずです」と言ってくれた。

「おばあちゃん、かわいい〜!」小さいひ孫たちも言った。

一番小さい子は、おばあちゃんが生きていると思っている。みんなでお弁当を食べるときに「おばあちゃん起こさなくていいの?ごはんたべないの?」と心配していた。でもメイク後のおばあちゃんを見て「おばあちゃん、笑ってるね〜」と言った。これは信じられる高評価だよね、と、ニヤニヤ顔を見合わせた。

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その晩にお通夜、翌日にお葬式がおこなわれた。私と歳の近いいとこ姉妹は、受付係をした。

私たち親族は、死化粧のくだりもあって、お葬式にしては気持ちが晴れやかだったし、来てくださった人たちも「あら〜、ご無沙汰!」などと同窓会のようになっていて、結構楽しそうだった。特に、出入口にいると雑談がよく聞こえてきた。

「ちょっと!○○さんすっごく綺麗だわ!」
「眠ってるみたいよね」
「それになんか若返ってる感じするわ」

そんな会話も聞こえて、私たちは受付で小さくガッツポーズをした。


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死んだ人にお化粧をするって、なかなか葬儀屋さんに言い出せないけど、私は可能なら、ぜひ身近な人がしてほしいなあ、と思う。その人のいつものお化粧を尊重しつつ、でももっとこういうのが似合うかも!というのは、近い人じゃないとなかなかわからない。写真館でされる就活メイクが「なんか違う、なんか浮いてる…」ってなる現象に似てるなと思った。

おばあちゃんのことをきっかけに、自分のお葬式はどうしてほしいかな…とよく考えるようになった。私がもし死んだら、お化粧は一番よく遊ぶ友達にしてもらいたい。服も、あれが着たいな。髪は、こうしてほしいな。

あ!あと、もし口あいてたら、急いでしっかり閉じてほしい。私は寝るときいつも、結構な頻度で口が開いているし、こうやって文章を打っているときも、いつも仕事仲間に「口開いてますよ。笑」と言われるから、死んだらもう、絶対に大口開くと思う。最初閉じててもだんだん開いてくるらしいから、しっかり硬直し終わるまで、マジでずっと口、閉じるように押さえといてほしい。本気だよ。(あと菊は似合わないから、ひまわりとか希望したいな)

そういうのって、もっとフランクに考えてみてもいいかもな、と思う。


とにかく、棺桶の中のおばあちゃんは本当に可愛かった。死化粧は、その人が生きているときのようにするものだけど、生きているときより、可愛かった。天国で鏡を見て、「あらあら、フフフ」と言っている様子が思い浮かぶ。

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