兼福リョウの除レイ事件簿 第一話

除霊屋を営む兼福リョウは、助手の静鹿アキラと共に依頼をこなす日々を過ごしていた。
依頼を解決する中、リョウは小さな異変を察知する。
それが、いずれ街全体を巻き込む呪いに繋がる陰謀とも知らず。

想いや感情から生まれるエネルギー『思力』と、それが具現化した『霊』が実在する除霊ファンタジー。

リョウ:フリーの除霊師。妹を救う手段を探している。妹を忘れないため依頼人に「お兄ちゃん」と呼ばせたがる悪癖がある。
アキラ:リョウの助手。他人の感情に過敏で、怒りや悪意を察知するのが怖い。
レイ:リョウの妹。故人。何者かによって悪霊化してしまった。
ヒメノ:アキラの後輩。表向きは天真爛漫な性格だが、裏の顔は除霊師の敵。

 それは、小さなマッサージ店。
 なんの変哲もない個人店のはずですが、町の人は口を揃えて言うのです。
 『身体の不調と悪霊退治は兼福按摩へ』
 
 商業ビルの一階、『兼福按摩』の表札が下がった店舗の中。クリップボードの裏面を指先で叩きつつ、マッサージ師・兼福リョウはカルテを読む。
「えーっと……この『肩の重だるさが取れない』というのは?」
 リョウの質問に、20代くらいの女性客は肩を摩って答える。
「えぇ……、一ヶ月くらいずっと肩が重くて……。マッサージ機とか整体とか色々試したんですけど、結局『健康そのもの』って結論しか出なくて……」
 辛そうな声色に、リョウが目線を上げる。
「でも、本当に変なんです……! 前までこんな事無かったのに……」
 女性の両肩には、子泣き爺のような姿の悪霊が一匹ずつ張り付いていた。
「アソ ボ」「アソボォォォ」
「ふむ……」
 納得したように頷くと、リョウはクリップボードを置いて立ち上がる。
「なるほど。では、施術に移ります。シャツの上からで結構ですので、後ろを向いてくださいね」
「は、はい」
 言われるままに女性客は上着を脱ぎ、椅子を回転させて後ろを向く。リョウは彼女の肩、悪霊の上に手を添えると、手のひらに意識を集中させる。リョウの身体が白く淡い光を放ち、やがて腕に、そこから手のひらへと移動していく。光が集まった手のひらを女性の両肩に置くと、
「オ゛ァッ──────」
 リョウの手をすり抜けた悪霊が、光で焼かれて消滅した。
「ん? あれっ……」
「はーい、動かないでくださいねー」
 肩の異変に気がついた客の身じろぎを口頭で制止するリョウ。そのまま、一通りのマッサージを終えた。
 
 
 
 店舗の入口の外で、女性は改めて頭を下げる。
「本当に、ありがとうございます! あの、今度差し入れでも……」
 ほんのりと頬を赤く染め、目を逸らして申し出る女性。
 その言葉をいなすように、
「いえいえ。いただいたお代で結構ですよ。あとは今後もご贔屓にしていただければ……」
 小さく両手を振るリョウは、閃いたように「あ、そうだ」と呟く。
 そしてそっと女性の手を両手で包むように握り、女性は赤面して「えっ!?」と声を上げる。
「もし、僕のためを想ってくれるなら。一つ、言って欲しい事があるんです」
 真剣な顔で告げるリョウ。女性は緊張した顔で、ごくりと唾を呑む。
 そんな二人に、静かに少女(アキラ)が近づく。
 それに気づかず、リョウはカッと目を見開いて言った。
「一回だけでいい。どうか、僕を『お兄ちゃん』と呼んでみて欲しぃぁ゛痛ったぁっ!!」
 リョウの言葉はアキラのチョップで遮られた。
 頭を抑えてうずくまるリョウに目もくれず、助手・静鹿アキラは、
「店の入口付近で長話をしないでください。通行人の邪魔です」
 と冷静に指摘し、チラと女性を、続けてリョウを冷たく見つめ、
「それと、女性客に『お兄ちゃん』と呼ばせたがる悪癖は治せ、と何度も言ったはずですが」
 と冷たい声色で叱る。
 困惑した女性が、
「あ、あの……、あなたは……?」
 とリョウの襟を掴むアキラに声をかけると、
「阿呆が大変失礼しました。施術の腕だけは確かな男ですので、どうか失望なさらず」
 と頭を下げ、「では、またのご来店をお待ちしています」と言って「ちょっ、歩けますって! 離して!」と主張するリョウを引きずって店舗へと戻っていった。
 残された女性は「……えー……」と立ち尽くしていた。
 
 
 
店舗の奥、事務所内。タタキに靴が大小一足ずつ揃えられている。
頭頂に膨らんだデフォルメたんこぶに黒い斑模様の絆創膏を貼ったリョウが、向かい合うソファの片方に座ってティーカップで紅茶を飲む。間に置かれた背の低い机にティーカップを置き、
「あんな強くチョップしなくてよくないですか?」
 と文句を垂れる。
さらに事務所の奥側、ワークデスクで作業をするアキラが、
「お客様においたをする従業員は注意するべきでしょう」
 とカップのコーヒーを一口。ハァと溜息をつき、
「対象が店長な事と、何度注意しても改善しない事が嘆かわしいですが」
 と呆れる。リョウは「なーんも言い返せないですねぇ」と笑った時、事務所側の入口がコンコンとノックされる。
「はーい」と一旦返し、頭の絆創膏を剥がしたリョウがアキラに「予約です?」と訊ねると、
「えぇ。本業ですよ、久しぶりの」
 アキラは微笑する。リョウはキリッとした笑みでそれに頷くと、
「はい、こちら兼福心霊相談所です。ご予約の──────」
 とドアを開けた。
 そこには、
(……若い。珍しいな)
 高校生くらいの少女が立っていた。
 
 
 
ソファに座って向かい合う、リョウと依頼人。アキラはリョウの後ろに立っている。
リョウは真剣な表情で依頼書を読みつつ、
「なるほど、兄の捜索ですか……」
 とクリップボードの裏を叩いて「ふぅん……」と唸る。その様子を、膝の上で拳を握りしめた依頼人・相澤カレンが緊張した顔で見つめる。リョウは顔を上げ、
「失礼ですが相澤さん、警察に通報した方がいいのでは?」
と訊ねると、カレンは、
「それじゃダメなの。お兄ちゃんはいなくなったんじゃなくて……」と下唇を噛み、「“消えちゃった”んだから」と強く否定する。
リョウが「どういう意味です?」と聞き返すと、
「お兄ちゃんには、スーツにGPSつけるように頼んでるの」と答えたカレン。(えぇ……)と引くリョウとアキラをよそに、沈んだ表情で話を続ける。
「いつも帰りが近くなると、反応が家に近づくのを見てるんだ」「だけど一昨日、帰り道の途中でいきなり反応が消えちゃった」「動かないとかじゃなくて、パッと無くなっちゃったんだよ」「それっきり……お兄ちゃんは帰ってこない」
俯き、涙を溢すカレン。
「あたし、どうしたらいいか分かんなくて。友達とかに色々聞いたら、『そういう怪奇現象はここに相談するといい』って色々教えられて」
震える声で途切れ途切れに語り、
「お願い! お兄ちゃんを見つけて! お兄ちゃんがいないと、あたし……!
 顔を上げて、涙目で頼み込む。
リョウは勢いよく立ち上がり、
「お任せください! お兄様は必ず、貴方の元に帰しましょう!」
 と、胸に手を当てて満面の笑みで答えた。
 
 
 
市営図書館の一角、PC使用スペース。
アキラは私物のノートパソコンでSNSや掲示板の心霊情報や都市伝説を、貸出書籍で深夜の妖怪などの文献を漁り、真剣な顔でメモを取っていた。
(深夜、連れ去り……夜道怪? お兄さんは子供ではないから、可能性は低い。雲外鏡? 帰り道に鏡の前は通りにくいかな……。送り犬? ……今のところはあり得るかも)
 妖怪の名が並ぶメモに『×夜道怪 △雲外鏡 ◯送り犬』と加え、表情を変えずPCの方に目を向ける。
(悪霊は、人間の思念や感情が分離・具現化した存在)(中には、過剰に思念を向けられた概念が現実化する事例もある)
やはり表情は変わらないまま、顎に手を当てて唇を指でなぞる。
(今回のような『人間には不可能な事象』なら、特に可能性が高い)(元人間の悪霊には、人間にできることしか行えないから)(……人間の頃からテレポートが使えたなら、話は別だけど)
 関連性の低い心霊特集を漁る中、ふと一つの都市伝説で目が止まる。
(深夜0時、ポストの前がトリガー。標的は男性、それも……)
 ページを開き、スクロールしていくうち、アキラの表情は少しずつ確信を得ていく。
「これは……」
(リョウの成果次第ですが、可能性は十分……)
 アキラは、メモに都市伝説の名を加え、『◎』の印をつけた。
 
 
 
 同時刻、警察署のモニター室。
 椅子に座り、カレンが言っていた現場の街頭カメラを確認するリョウの後ろに、二人の警官が立っていた。白髪の混じった警官はじっと映像を見つめ、若手らしき警官は懐疑的な目をリョウに向ける。
 映像では、カレンの兄と思わしき人物がポストの前を通った直後、振り返った瞬間に姿を消す様子が映されていた。
(深夜0時、ポストの前、男性である事も関係アリか……?)
 リョウは真剣な顔で、心中で映像の要点をまとめる。
 若い警官が、困惑した顔で白髪の警官にコソコソと話しかける。
「先輩、いいんですか? 部外者でしょこの人」
 面倒そうな顔の白髪警官は、コソコソ声で若い警官を軽く叱る。
「いいんだよ。オレ達素人は黙っときゃ」
「素人?」
 怪訝な顔で聞き返す若い警官に、白髪警官が話を続ける。
「『カメラの画角内で人が消える』なんざ人間にできる事じゃねぇ。こういうのは専門家に任せて、オレ達は大人しく人間の事件を──────」
 直後、映像の中からラップ音が鳴る。
「へっ!?」
「オイオイ、勘弁してくれよ!」
 狼狽える警官二人を背後に、表情を崩さないリョウは、異音の中に少女の声を聞いた。
『お   に い      ちゃ   ん』
 リョウの表情がだんだんと険しく、怒りの滲んだものになっていく。
『み    て  る   な  ら』
『あ   そ    び ま    しょ』
 言葉が終わると同時に、ラップ音も止む。
 怯えてしゃがみ込んでいた若い警官が、「と、止まった……?」とか細い声を上げると同時に、リョウは勢いよく立ち上がる。
「協力ありがとうございました、それでは!」
「オイオイオイ待てよ、大丈夫なんか今の!?」
 部屋を後にしようとするリョウを、白髪警官が慌てて引き止める。
 立ち止まったリョウは目線だけ二人に向け、
「大丈夫ですよ。明日の朝には解決してますから」
 満面の笑みで答えて去っていった。
 
 
 
 同日23時57分、カレンの兄が消えた現場。
 鉄鞭(刃の部分が鉄棒になった剣のような武器)を手に持ったリョウと、鉄のサックが着いた手袋を着けたアキラが、ポストの手前で待機していた。リョウの右耳とアキラの左耳には、小さなワイヤレスイヤホン。
(思えば)(カレンさんのお兄さんの件まで発覚しなかった点から、生まれたての悪霊である可能性が高かった)
 手を握って開き、サックの位置を調整するアキラが、真面目な顔で事件の内容を振り返る。
(深夜0時にポストの前を横切った者を異界に連れ去る怪異として心霊番組で紹介され)(それ自体は創作でありながら、実在性の高さからSNSなどで人気を博し、話題を、思念を集め……現実となった)
 59分。
 リョウは一歩アキラの前に出ると、彼女に真剣な顔を向ける。彼の右耳が白く光り、『いけます?』とワイヤレスイヤホンからリョウの声。アキラはコクリと頷くと、リョウの手を握る。
(怪異の標的は、男性)(それも、『妹がいる男性』のみ)
 深夜0時。
 手を繋いだ二人は、ポストの前を通り過ぎる。
 直後、
『おにいちゃん?』
 背後から、幼女の声がした。
(標的の妹の姿を模倣し、声をかける)
 リョウとアキラはアイコンタクトを交わし、一斉に振り向く。
(声に反応し、振り向いた瞬間──────)
 幼女の背後から黒い炎のような光が噴き出す。光は街の風景を塗り替え、瞬きの間に二人を異界へと連れ込んだ。
(己のテリトリーに引き込み、死ぬまで帰さない)
 異界は、古びた洋館のロビーのようだった。あちこちに苔が生し、ひび割れて砕け、人の気配が全く存在していなかった。
 幼女の姿をした悪霊は、妖しい笑みでリョウを見つめ、
『おにいちゃん』『あそぼ』『いつまでも』『いつまでも』
 ふわりと宙に浮き、背後から黒い炎の腕を数本伸ばして朗らかに笑った。
(──────『いもうとちゃん』)(それが、都市伝説(かのじょ)の名前)
 アキラは心中をそう締め括り、いもうとちゃんを睨みつけた。
 その視線に応じてか、いもうとちゃんが意外そうな顔をアキラに向ける。
「あれ? あなた……おにいちゃんじゃ、ない?」
「!」
 いもうとちゃんの表情に殺気が滲み、それを敏感に感じ取ったアキラはサッと身構える。
「なんで、いるの? おにいちゃんじゃないのに──────」
「──────っ」
 冷たい怒り、殺意を肌に感じ、アキラは怯んで息を呑み、後ずさる。
「アキラッ!! お兄さんを探してください!!」
「ッ!! ──────了解!」
「──────しんで」
 リョウの指示、背後の通路へ駆け出すアキラ、いもうとちゃんの炎の腕による追尾……全て合わせて3秒にも満たない一瞬。
 リョウの全身に白い光が迸り、鉄鞭の先端まで満遍なく包まれる。その状態のまま前へ踏み込み、振るった鉄鞭で炎の腕を弾き飛ばした。
「っ!?」
 動揺し笑みを崩すいもうとちゃん。
「何を驚いてるんです?」
 リョウは手先で鉄鞭を器用に数回転させた後、しっかりと握り込む。
「貴方達が思念や感情の化身なら。肉体を持たず、物理じゃ敵わない害ならば。こちらも思念の力で対抗するのが道理でしょう」
 鉄鞭の先でいもうとちゃんを指すと、またリョウの全身が白く発光する。
「思念・感情が生み出すエネルギー……。巷では『思力』と言うらしいですね」
 白く光り、溢れ出る思力が腕を伝い、再度鉄鞭の先端まで覆う。
「特に異能を持たず、戦法は思力で作った腕でのゴリ押しですか」
 いもうとちゃんを鋭く見つめ、リョウは煽る。いもうとちゃんはギクリと反応し、目を見開く。
「正直、僕はあまり思力の扱いが上手くないんですが……。どうやら、それでも大丈夫なようですね」
「むぅ〜〜〜っ!」
 挑発するようにニタリと笑うリョウ。いもうとちゃんはカチンときたようで、わざとらしく頬を膨らませて怒る。
「うるさいっ! いじわるなおにいちゃんなんか、きらいだぁっ!」
 いもうとちゃんは、両手をあげて子供らしく怒る。背後から伸びる思力の腕が倍増し、一斉にリョウへと襲いかかる。
「さて、アキラの方は上手くいくかな……?」
 思力を纏う鉄鞭で腕を叩き落としつつ、試すように笑った。
 
 
 
 洋館を模した異界の廊下を駆けるアキラ。両側の壁、柱の合間に灯りのついた蝋燭と絵画が交互に架けられている。道中に部屋は無く、特筆すべき物も何一つ落ちていない。ただただ一本道が続いている。
(道中には何も無い……、人影や部屋も無い。“無さすぎる”とすら言える。これは……まさか誘導された……?)
 眉を顰めるアキラ。ふと悪い思考がよぎった瞬間、通路の絵画から、蝋燭の影から黒い思力の腕が伸びる。
「──────!!」
 息を呑み、気が動転したまま右の後ろ回し蹴りを放つアキラ。思力の白い光が帯のような残像を作り、黒い腕を吹き飛ばしながら左側(進行方向から見て)の壁を蹴り砕いた。
 腕が吹き飛んで千切れたそばから、また新しい腕が絵画や影から生えてくる。
「チッ、キリがない……!」
 面倒そうに舌打ちし、アキラはまた走り出す。
(元々、人の感情というものが得意じゃない。その上、相手は感情だけが具現化した霊体。死人特有の黒く反転した思力を見るたびに、寒気がして逃げたくなる)
 思力の腕に追われ、一心不乱に異物を探す。
(それでも、いつまでも慣れない恐怖に耐えてでも)
 アキラの脳裏に、古い記憶がよぎる。
 巨大な異形、悪霊の前に立ちはだかり、自分を守ってくれたリョウの姿が。
(私は、あの人のそばにいたい──────)
 1秒も立たず、アキラの意識が現実に向いた瞬間。
 アキラが通り過ぎようとした左側の壁が砕けてヒビ割れ、ひび割れていた。
 小さく空いた穴の向こうには空間があり、微かに男性の呻き声がする。
(──────!!)
 それを認識するや否や、アキラは立ち止まって踏み込み、ヒビに向かって全力の拳を繰り出した。
 壁は砕け、空間の方へとガラガラと崩れる。
 中へと踏み込んだアキラが見たのは、痩せこけて力尽きた4人の男性の死体と、微かに息のある壁にもたれかかった男性の姿だった。
 異界内で飲食物を得られなかったせいか、血色が悪くかなり弱った様子。だが表情は生気を失っておらず、ゆっくりと顔を上げてアキラを見つめてきた。
「ふぅっ、はぁっ……。あん、たは……?」
 アキラは小さく呟く男性へ駆け寄ると、その肩を揺らす。
「声は出さなくても大丈夫です。あなたは相澤さんで、妹の名前はカレンさん。合ってますか?」
 その確認に小さく、しっかりと頷く男性。
「頼む、お願いだ。助けてくれ……。俺は……妹の、元に……」
 掠れた声で頼み込む男性。アキラはキッと気を引き締めると、男性の頬を両手で包んで目線を合わせる。
「大丈夫、あなたは必ずカレンさんの待つ家に帰します。今はじっとしていて」
 依頼人の兄の無事を確認したアキラ。安堵したように左耳に手を当て、イヤホンに思力を流した。
『リョウ、聞こえますか!? 相澤さんを発見しました!』
 
 思力を使用する、イヤホンに刻まれた術式を通した念話。
 通信の向こうでリョウが満足げに笑い、漏れ出た思力を感じ取ったいもうとちゃんが愕然と目を見開く。
 
 連れ出させまいと、アキラの背後に無数の腕が迫った。
 アキラは右腕を横一字に振ってそれらを薙ぎ払い、返答を待つ。
『OK! アキラはそこでお兄さんを守っててください!』
 リョウの嬉しそうな声色に、アキラはふと顔が綻ぶ。
『……! 了解!』
 一言で返し、通信を切る。
「……『思力操作は他人に悟られなくなってからが一流』なんて、リョウは言っていましたっけ。当人が私より下手なのでは、説得力が無いですが」
 思力の腕に向き直り、拳を構え、
「一欠片も通しませんよ。私はリョウほど雑ではないので」
 高揚のまま、煽るように笑った。
 
 
 
 異界、ロビー。
「……さてさて。その様子だと、聞かれちゃったみたいですね。通信機、『改善の余地アリ』とレビューしておきますか」
「くっ……!!」
 通信を切ったリョウは、鉄鞭を手元でクルクルと回し、軽口を叩いて微笑む。どれだけ攻め込んでも受け流されるもどかしさに歯噛みするいもうとちゃんに、
「……用事も済みましたし、そろそろ決めますかね」
「っ!!」
 ふと表情を引き締め、声のトーンを落として告げる。
「させるかぁっ!!」
 焦りのままに叫び、腕の数を増やして繰り出すいもうとちゃん。リョウは思力の出力を高め、彼を包む白い光が強くなる。
「……貴方は狡猾だ。守るべき対象の姿を模り、油断させて命を刈る。一般人が引っかかってしまうのも無理はない」
 自分を包む勢いで襲う腕を次々砕きつつ、冷たい顔でリョウは語る。
「だが、それは自分のテリトリーで勝負するからだ。貴方はいくつもの勝利体験を重ねて油断し、いつもの手順を変えてしまった」
いもうとちゃんは、数時間前に行った街頭カメラ映像への干渉を思い出す。
『あ   そ    び ま    しょ』
「──────!!」
 青ざめるいもうとちゃんに、リョウは話を続ける。
「あれがなければ、貴方の仕業だと確定しなかった。捜査の手も少しは惑わせたでしょうに。悪霊のくせに人間臭いものだ。……それに」
 リョウの身体を包んでいた思力が、腕を伝って鉄鞭に集中する。
 鉄鞭の柄から先が、思力の光で白く染まる。
『──────お兄ちゃん!』
 リョウの脳裏に過ぎる、幼少の記憶。
「僕の妹はただ一人。貴方は、違う」
 鉄鞭を横一字に、力の限り振るう。
「仙具開放──────叩神鞭」
 光は異界ごといもうとちゃんを両断し、洋館の姿はヒビ割れて崩れ落ちる。
「……ぁ、え……?」
 何が起こったのか理解する間もなく、悪霊『いもうとちゃん』は祓われた。
 砕けたガラスのように、異界は壊れて消えた。いつの間にか、リョウ達は夜の住宅街に立っていた。
 
 
 
 
 夜が明けた午前8時、兼福按摩の事務所。
「兼福さんっ、お兄ちゃん見つかったってホント!?」
 裏口のドアが勢いよく開かれ、息を切らしたカレンが飛び込んでくる。
「おはようございます、カレンさん。お兄さんの命に別状はありませんよ」
 ソファに座るアキラの微笑みも目に入らずに部屋の中を見渡したカレンは、その向かいのソファに座り、背もたれに身を預けて眠る兄の姿を見つけた。黒い斑模様の包帯が全身に巻かれ、その上から服を着直されている。
「消耗が激しかったので、今は寝かせています。治癒・回復促進の包帯を巻いてますので、今日一日は──────」
 ワークデスクに座ったアキラが言い切る前に放るように靴を脱ぐと、眠る兄に駆け寄って抱きついた。
「よ、かった……、おにいちゃん、生きてたっ……! あたしっ、お兄ちゃんが帰ってこなかったら、どうしようって……! うっ、うわぁぁぁぁああああああんっ!!」
 蓋をしていた緊張が解けたせいか、すごい勢いで泣き叫ぶカレン。
 その声で目覚めた相澤兄は、軋むような動きで腕を上げ、
「……ただいま。俺はもう、カレンから離れないよ」
 か細い声で答え、カレンの頭を撫でる。
 その様を見守るリョウとアキラは、顔を見合わせて顔を綻ばせた。
 
 
 
 30分後。
 ソファで眠る相澤兄妹。カレンが兄に抱きつき、その腕の中でスゥスゥと寝息を立てている。
「……やれやれ、あれでは起こせませんねぇ」
「ですね」
 向かいのソファで微笑ましそうに紅茶を飲むリョウ。
 ワークデスクでコーヒーのマグカップ片手に、店のレビューを見るアキラは、先ほどの二人の会話を思い返し、ポツリと溢す。
「……まさか、『離れないよ』が隷属宣言だとは思いませんでしたが」
「あれでも事件前は抵抗してたらしいですけどね。家族の形ってのは人それぞれですよ」
 リョウはそう返し、平静な面持ちで紅茶を一口。
「……街ですれ違った時に首輪とかしてたらどうしよう……」
「やめてください」
 堪えきれず漏れ出た不安を、アキラは食い気味に遮った。
「それで、今日の予約は?」
 話題を変えるように、リョウは気を切り替えてアキラに声をかける。アキラは不安げな表情を引き締めると、真面目な声色で答えた。
「一件、本職の方があります。そろそろお見えになりますよ」
「えっ、マジですか」
 リョウが軽く慌てると同時に、
「すみませーん」
「あっちょ、はーい!」
 裏口ドアがコンコンとノックされ、気弱そうな年配女性の呼び声がする
「どうしましょうこの状況」
「相澤さん達の隣に座りましょう。私はここにいますので」
 慌てるリョウをアキラが宥めつつ、解決策を出した。リョウは「あ、確かに」と返し、ティーカップを反対側の正面にずらしてからドアの方に向かい、
「はい、兼福心霊相談所です。ご予約の方ですかね?」
 ドアを開け、にこやかに挨拶した。

#創作大賞2024 #漫画原作部門

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