兼福リョウの除レイ事件簿 第三話

『繧ヲ繝ゥ繧。――――ッ!!!』
 振り上げられた悪霊の拳が、アキラ目掛けて振り下ろされた。
 落とされた鉄槌をアキラが両腕で受け流し、着弾した地面で土埃が吹き上がる。
「えっ、何!?」「うわっ、今爆発した?」
 何も無い場所が急に爆ぜたように見えたのか、公園の利用者達がザワザワと困惑し始めた。
『繧「繧。……縺ェ繧薙□繧。……!?』
 奇怪なものを見る視線を苛立ったように見渡す悪霊。ワナワナと身を震わせ、思力を膨れ上がらせていく。
「え……何、あれ……?」
「いやっ、何かの撮影だろ……?」
 悪霊の思力の干渉により、その姿を視認した利用者達。顔を引き攣らせ、息を呑み、各々の恐怖が滲み出る。
『繧ウ繧ヲ繧……ッ、繧、繧ク繝。繧九↑縺――――ッ!!』
「うわあああああぁぁぁぁぁッ!!」
 悪霊の雄叫び、逃げ出す利用者達。その無防備な背中を、悪霊は追いかける。
「いてっ!」
 最後方、逃げ遅れた男子小学生が躓いて転んだ。
 起き上がろうとするその背中に覆い被さるように、悪霊は地面に手を突いて顔を迫らせる。
「繧ェ繝槭お縺……? 繧ヲ繝√?繝槭ざ、繧、繧ク繝。繧九Ζ繝ュ繧ヲ縺ッ繧。!?」
「ひ、ひぇ……」
 言葉にならない唸り声を上げる悪霊。
 少年は間近で睨む悪鬼のような顔に怯み、腰を抜かしてしまう。
「繧ヲ繝√?繧ウ繧ヲ繧偵か―――、繧、繧ク繝。繧薙§繧??繧ァ―――ッ!!!」
「まっ、ママぁ……!」
 絞り出すような呼び声にも構わず、振り上げられた拳。
 それが落ちる瞬間、その懐の下を人影が攫う。
 悪霊が何もない地面を叩き、土埃が立ち上る横で、
「……ふぅ、危なかった。キミ、怪我はない?」
「う、うん」
 ヒメノは傍に抱えた少年を地面に下ろし、しゃがんで目線を合わせる。
 照れ気味に目を伏せる少年の肩をポン、と叩き、
「それじゃ、今日はお家に帰って、また明日遊ぼっか。今日の事、お母さんには内緒だよ?」
 口元で指を立てて、ウインクをした。
「わっ、わかった! おねえちゃんもにげてねー!」
「はーい!」
 走って逃げ去る少年に大きく手を振るヒメノ。
 その背後に迫った悪霊が、ゆっくりと拳を構え────、
「フンッ!!」
 ────左頬に喰らった、アキラの右ストレートで吹っ飛んだ。
「繧ャ繧。ァァッ!?」
 ジャングルジムにブチ当たる悪霊から目を離さず、アキラはまた拳を構える。
「ヒメノさん、あなたも逃げてください。この状況で手伝いはさせられない」
「ちぇっ、そりゃそっかぁ」
 唇を尖らせつつ、ヒメノは踵を返し、
「じゃあね先輩、死んじゃダメだよー!」
 一度アキラに笑いかけた後、さっさと逃げていった。
 むくりと起き上がった悪霊が、戦闘態勢を取るアキラを睨む。
 アキラはたらりと冷や汗を流すも、静かな表情のまま様子を伺う。
「繝?Γェ、ワ繧キの繧ウト驕惹ソ晁ュキな繝バ繧。縺?って諤昴▲縺ヲん縺?繧……!!」
「聞き取れる言葉で喋ってもらえると、ありがたいんですけどね」
 呪いが弱まっているのか、言葉にかかるノイズが減った。
 事態の好転を確信したアキラは、煽るように不敵に笑う。
 一瞬の静寂。
 睨み合い、膠着した空気は、
「繧ェ繝ゥァッ!!」
「ッ────!!」
 一瞬にして崩れた。
 悪霊の右掌が、アキラの目の前に迫る。
 しゃがんで回避したアキラ。頭上を薙ぎ払った悪霊の脇腹に、右肘と左フックを打ち込んだ。
「繧ヲガァッ……!!」
 呻く悪霊。しかし体勢は崩さず、左の手刀を落とす。
 アキラはすかさず左方向へ避けるも、右足の先に掠ってしまう。
「ぐっ……!」
 アキラは痛みに顔を顰め、右脚を引いて被弾を避ける。
 そのまま腰を入れて構えた右拳に対するように、悪霊も左の拳を繰り出した。
「ウ繝ゥァーーーッ!!!」
「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「うわ、すっご……」
 公園の端、ベンチの前で激戦を見守るコウが、呆気に取られた表情で呟いた。
 その横で悪霊に手を向ける老人。手のひらで回す思力の光が、弾けて消えた。
「ふむ、接続は困難か……」
 悔しげに呟いた老人は、悪霊と殴り合うアキラを見て関心を示した。
「……あの娘、霊に触れられるのか」
「えっ、変なんすか?」
 振り向いたコウに教えるように、老人は一人と一体を指差す。
「わしら人間と違って、霊は肉体を持たんからの。姿形が無ければ触れられん。それが普通なんじゃが……」
 老人の指の先で、悪霊の拳がアキラの右頬を掠める。続けてふらついて空いた左脇腹に一撃。アキラは左の腕と脚で防ぐも、続く膝蹴りを防ぎ切れず喰らってしまう。着実にダメージが蓄積し、劣勢に立たされていた。
「……戦闘は不慣れか。若いもんに任せっきりは恥かの」
 見かねた老人は、悪霊に向けて両手を向ける。
 思力を手のひらで流せば、悪霊の胸の中で同じ思力が反応した。
(思力の繋がりは切れておらん。ならば……)
 深く息を吐き、力むように目を閉じると、
「むぅぅぅッ、フゥンッ!!」
 全力で思力を巡らせ、守護霊への接続を始める。
 激流のように思力が流れ、両の手のひらが白く激しく輝いた。
(呪いを抉じ開け、霊を沈める!!)
「保てよ老体……!」
 守護霊への干渉を強めるほどに、掛かった呪いが逆流する。
 邪悪な思力が流れ込むたび、両腕を痛みが突き刺す。
 鼻から血を垂らしつつも、老人は思力の出力を強めた。

 接続に応答するように、悪霊の胸の中から白い光が強く漏れ出る。
 呪いが弱まったのか、悪霊は一瞬動きを止めた。
「────!! ハァッ!!」
 その隙を見逃さず、アキラはその胸に拳を打ち込む。
「繧エァッ……」
 悪霊が呻く間に、続けて二連撃。悪霊が体勢を整える間も与えず、絶え間なく攻撃を続ける。
「や繧ろ、繧、繧ソい、やめろっ、イタイィィ……」
 悪霊の言葉に混じるノイズが消えた。
 それを認識する間もなくアキラは足を踏み込み、
「ハァッ────!!」
 腰を入れて拳を放つ。

「……呪いが弱まった、やりおるの!」
 呪いの妨害が弱まり、思力の接続が通り始める。
 老人は出力を強め、全力で呪いを跳ね返した。

 一瞬、守護霊を囚えていた呪いが消えた。
 再度干渉する隙も与えず、アキラの拳が守護霊を押し飛ばす。
 呪いの肉体から脱した守護霊。核を失った赤黒い思力は、人の形を失って解けていき、やがて小さな球体になっていく。
「ハァッ、ハァッ……」
 肩で息をするアキラ。息を整えつつ、コウ達の方を横目で見る。
 吹っ飛んだ守護霊がコウの元へと飛んでいったのを確認し、フッと微笑んで前を向くのと、
「危ないッ、まだだッ!!」
 老人が声を上げるのは同時だった。
 顔を上げれば、呪いが形を変え、巨大な獣の顔となって大口を開けていた。
「ヒッ……」
 今にも自分を噛み千切らんとする牙。アキラの思考は止まり、息を呑んだまま動けない。
 恐怖で引き攣った顔に、黒い影が落ち────。

「叩神鞭!!」
 白い思力の斬撃が、呪いの牙を両断した。
 目の前で霧散した呪いに緊張が解け、アキラはその場にペタンと座り込む。
 引き攣ったままの顔で声がした方を見れば、
「いやぁ、危なかった。嫌な予感って当たりますねぇ」
 叩神鞭を杖代わりに突き、リョウが額を拭って笑っていた。
「りょっ、リョウぅ〜〜〜……」
「お疲れ様です。頑張りましたね」
 歩み寄ってくるリョウに、腰が抜けたまま縋り付くアキラ。
「…………」
 その頭を撫でつつ、リョウは散乱して消えていく呪いの残骸に目をやった。

 住宅街、地下水路の中。
「ちぇっ、やられちゃったんだぁ。つまんなーい」
 フードを被るパーカーの女が、手の中で燃える呪い札を眺めて不満げに呟く。
 消えていく赤黒い思力の炎を手放し、壁に背中を預けてため息を吐いた。
「兼福神社の生き残りってヤツを見たかったのに、静鹿先輩に任されちゃったし。割に合わなすぎじゃない?」
 床の上で燻る炎。それをドブネズミが遠巻きに見つめる。
「……まぁいっか。品切れってわけじゃないし」
 声を明るくする女の足元で、炎が生物のように跳ねてドブネズミを襲った。
 悲鳴を上げて燃え尽きるドブネズミを眺め、女はフードを脱ぐ。
「切り札だってあるわけだしね」
 呪術師・天梨ヒメノは、歪なほど無邪気に笑った。

#創作大賞2024 #漫画原作部門

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