兼福リョウの除レイ事件簿 第二話

 兼福按摩、事務所内。
 ソファに座ったリョウは、クリップボードの裏を叩いて唸る。
 向かいに座る依頼人・米城コウは、ゆったりと背筋を伸ばしている。
 首には、ネックレスのようにお守りが下がっていた。
 リョウは額を指で叩くと、もう一度カルテに目を落とす。
「『米城さんは、幼少期から酷い不幸体質だった。昔から様々な事故やトラブルに巻き込まれていた』」
「はい、そうっすね」
 コウが頷いたのを確認し、続ける。
「『10年ほど前から、守護霊に憑かれている』『霊は自分を守ってくれていた』……ここまでが依頼の前提で合っていますか?」
「えぇ、合ってるっす」
 読み上げる声色が、少し低くなる。
「『去年から、守り方が過剰に』『最近は過剰防衛で怪我人を出してしまい、孤立している』……これが本題ですね?」
「はい、そうっす」
 頷くリョウ。
 彼の目には、コウの周りに白いモヤが漂って見えた。
(……輪郭が見えない。珍しいな)
 後ろで目を細めたアキラは、ふと彼を見て尋ねる。
「ちなみに、程度を聞いても?」
「スクラップ化した車が2台、ねじ切れた標識が4本。腕がねじりパンみたいになった強盗が一人っすね」
「おぉう……」
 ドン引くリョウ。ボードを机に置き、腕を組んで顔を顰める。
「暴走した守護霊をどうにかしたいが、不幸体質のために除霊しちゃいけない……。んー、なるほどぉ……?」
 それを不安そうに見るコウの後ろで、棚の上の掛け時計がガタンと揺れる。
「!」
 二人が反応するのと、時計のフックが破損し、落ちた時計がコウの頭上に迫るのはほぼ同時だった。
 一瞬、コウのお守りが赤黒く光り、気づいたリョウが目を見開く。
 直後、
『コりゃッ、危ねェダろウガ!』
 この場の誰でもない、女性の声が響く。
 コウの背中から白い光が発し、丸太のような腕が現れる。
『コウをッ、傷つけルナァッ!!』
 腕は拳を振りかぶり、時計を殴り飛ばして粉砕した。
「3万円の時計―――!!!」
 時計の残骸に駆け寄り、破片を両手に咽び泣くリョウ。それを傍に、アキラは思考を回す。
「……リョウ、今の」
「グスッ。えぇ、『生霊』でしたね」
 確認し合う二人。
 首を傾げるコウの前にアキラは右手を差し出し、
「米城さん、見えますか?」
 手のひらで思力を光らせた。
「えっ、光っ!?」
「やはり。これは『思力』。霊に憑かれると見える事もあります」
 困惑顔のコウに、アキラは続ける。
「生者の思力は白く光る。反対に、霊の思力は黒い」
 理解しきれないながらもコウはコクコクと頷く。
「そして、守護霊の思力は白かった」
「えっ……!?」
 目を細めるアキラと、声を上げるコウ。しかし彼はすぐに眉を歪め、頭を抱え出す。
「えっと……つまりドユコト?」
「祓って解決ではダメって事ですねぇ。また取り憑かれる可能性が高い。原因から取り除く必要がある」
 破片を置き、立ち上がるリョウ。
(それだけならいいんですがねぇ……)
 目を細める彼の横で、アキラはコウの目の前に移動する。
「アキラ」
「はい」
 リョウと目配せを交わした直後、コウの顔面間際に正拳突きを放った。
「ヒュ」
 息を呑むコウ。
『何を、しテンだぁぁッ!!』
 彼の背中から白い光と共に、守護霊の両腕が飛び出す。
『コウをッ、いじメルなぁぁぁッ!!』
 両腕はメキメキと巨大化し、アキラに掴み掛かった。
 迫る大きな手を、アキラは事もなげに掴む。
『エッ』
 そのまま引っ張り上げ、守護霊をコウから引き抜いた。
『ナんジャァァァぁぁぁッ!!?』
 その全貌が顕になる。
 顔は女性的でありながら、般若のような凶悪さ。絢爛な和装と合わさり、歪な勇ましさと恐ろしさを醸し出していた。
 怯んだ守護霊の頭に手を翳すリョウ。全身に思力を巡らせ、白い光がリョウの身体を沿うように渦巻いた。
「────『殺生石(せっしょうせき)』」
『ンなっ────』
 リョウが呟いた瞬間、守護霊の輪郭が歪む。吸い取られた液体のように彼の手に引き寄せられ、凝縮されていく。光が収まる頃には、手のひらサイズの白い石に変化していた。
「コレが僕の悪霊封じの術……その名も『殺生石』」
 リョウは自慢げに、石をアキラに投げ渡す。受け取ったアキラはコウの前から退いた。
「悪霊なら思力貯蔵に、生霊ならレーダーに。便利な手品ですよ。すごいでしょ……おっと」
 体勢を崩したリョウ。フラリとソファに倒れ込む。
「ちょ、大丈夫っすか!?」
「これ使うと体力枯れるんですよねぇ。アキラ、本体捜索頼めます?」
 コウに笑って返し、リョウはアキラに上目遣いで頼む。アキラはため息の後、
「言われなくても、それしかないでしょう」
「はは、確かに」
 リョウの頭を撫で、「仕方ない」というように微笑んだ。

 30分後、住宅街。
「……次はこちらですか」
 白い石から伸びる思力に従い、街を歩くアキラとコウ。
 不安の滲んだ表情で、コウは石を見つめる。
「これの先に、本体がいるんすか……?」
 リョウが言うには、白い石……生霊を封じた殺生石は、本体のいる方向に思力を伸ばす。近ければ近いほど光度を増し、半径10m以内まで来ると光が消えるとの事。
「えぇ、それは確かです。今まで例外はありません────」
 平坦な声色で返したアキラは、地を蹴って跳ねる。コウの頭上に迫った、傍のマンション上階からの植木鉢を蹴り飛ばした。
「うぉっ」
「────でした。生霊自体が珍しいので────」
 驚いて身を低くするコウと、平然と着地するアキラ。二人の耳を、急ブレーキ音が刺す。音の方を見れば、コントロールを失った自動車が迫っていた。
 アキラは動じる事なく、車のボンネットに拳を落とす。反動で車は一瞬浮き、遅れたブレーキで走力を失っていく。
「────これから現れるかもしれませんが」
 流石に痛かったのか、アキラは赤くなった拳を摩る。
 仰天する運転手、後ろで腰を抜かすコウ。アキラはため息を溢し、
(……先が思いやられる……)
 嫌気が差したように目を細めた。

 20分後。
 小さい傷だらけなアキラの手の中で、殺生石が発光をやめた。
「……ここに、いるんすね」
 無傷のコウが呟く。辿り着いたのは、街の公園だった。
 賑わう利用者。ベンチには、女子高生や老人もいた。
「……この中から本体を探すの……?」
 心底面倒臭そうにアキラは呟く。
「片っ端から聞きます?」
「嫌ですね……。不審者扱いされたくないので」
 今にも暴走しそうなコウを止め、額を押さえるアキラの耳に、
「あれ、静鹿先輩?」
 自分の名を呼ぶ声が入る。
「やっぱり、静鹿先輩だぁ! どうしたんですか〜!?」
 振り向けば、ベンチにいた女子高生が顔を輝かせて駆け寄ってきていた。

「生霊の本体を探してる……そっか、そっかぁ」
「ヒメノさん、次は本当に体験料を取ります。借りの分はとっくにオーバーしていますから」
 女子高生・天梨ヒメノは、顎に手を当てて楽しげに頷く。呆れるアキラに、コウは耳打ちする。
「あの、この子は?」
「高校の後輩です。仕事に首を突っ込む、困った子ですよ」
「あっ、そうだ!」
 困ったようにため息を吐くアキラ。聞こえていないのか、ヒメノはパチンと手を叩いた。
「生霊に語りかけてみるのはどう?」
「……はぁ?」
 首を傾げるコウ。アキラは眉を顰めて聞き返した。

 公園の端、殺生石を抱えてベンチに座るコウ。
「アレが生霊?」
「無力化してますがね」
 その前に立ったヒメノが、横のアキラに訊ねる。平坦な声色で返すアキラに、コウは石を撫でつつ苦笑した。
「何言えばいいんすかね、これ」
「ひとまず、『これまで守ってくれてありがとう』とか?」
 ヒメノの勧めに従って、コウは口を開いた。
「……ずっと、ありがとうな。お前が守ってくれてたおかげで、俺は今も元気に生きてるよ」
 静かに目を閉じるコウ。懐かしむような声色で、石に語りかける。
「懐かしいな。お前が取り憑いたの、婆ちゃんが死んだ直後だっけか」
「! お守りが……」
 白い光を発するお守り。コウに応えるように、微かに明滅を繰り返す。
 隣のベンチに座っていた老人が、ピクリと顔を上げた。
「もしかしたら、生まれ変わりとか? なんつって────」
「そこの君」
 隣からの急な呼びかけに、三人は振り向く。
 さっきまで眠っていた老人が、驚いた顔でこちらを見ていた。
「そのお守り……もしかして君、ミホコさんのお孫さんかね?」
「……! 婆ちゃんの知り合いっすか!?」
 目を見開くコウ。アキラとヒメノは呆然と固まっていた。

 老人の話を聞き、コウは首のお守りを手に持つ。
「……このお守りに、守護霊が……」
 白く穏やかな光を放つお守り。その制作者と名乗った老人はコウの目を見て微笑む。
「若い頃、わしは守護霊を作る商売をしとってな。それを知っとったミホコさんは、お前さんのためにわしを頼ったんじゃ。10年くらい前だったかの」
 懐から三つ、お守りを取り出した老人。彼の背中から小さい霊が三体、ふわりと現れた。そのまま老人の周りで遊ぶ霊たちを見守りつつ、アキラは口を開く。
「実は────」
「む、こりゃ……」
 本題を話そうとした時、老人は石を覗き込む。
 様々な角度から石を、お守りを見つめた後、
「あの……?」
 困惑するコウを、不思議そうな目で見た。
「呪いが掛かっとるな。誰かが悪意を持って干渉しておる」
「「……え?」」
 コウとアキラが返す瞬間、お守りから赤黒い思力が噴き出す。
「うわっ!?」
「石を離して!!」
 咄嗟に石を投げたコウ。異質な思力は石の中に注がれ、
『繧ウ繧ヲ繧ッ、繧、繧ク繝。繧九↑縺―――!!!』
 ノイズのような雄叫びと共に、石が爆散する。
 赤黒い思力に模られた霊体。歪な恐ろしさが、色に染まって増している。
 今にも牙を剥かんとする、悪霊と化したソレの前に出て、
「皆さん、下がっていてください」
 アキラは拳を構えた。

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