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第110号(2020年12月14日) カラバフ紛争でロシアが「非核エスカレーション抑止」を実行?


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【インサイト】カラバフ紛争停戦の裏側 プーチンの脅しと「非核エスカレーション抑止」?

 今年の旧ソ連圏10大ニュースには間違いなくベラルーシでの抗議運動とナゴルノ・カラバフでの紛争再燃が入るでしょう。後者については本メルマガの第101号第107号で大体の論点は触れたかな、と思っていたのですが、新しい情報が出てきました。
『ニューヨーク・タイムズ』紙が12月1日に報じたところによると、ロシアはアゼルバイジャンに対し、「停戦を飲まなければロシア軍が介入する」という脅しをかけていたということです。

Anton Troianovski and Carlotta Gall, “In Nagorno-Karabakh Peace Deal, Putin Applied a Deft New Touch,” The New York Times, 2020.12.1.

 これはロシアのプーチン大統領からアゼルバイジャンのアリエフ大統領に対して直接伝えられたものであり、時期としては11月9日とされています。つまり、アゼルバイジャンがナゴルノ・カラバフの要衝シュシャを陥落させた日です。
 シュシャはナゴルノ・カラバフとアルメニア本土を繋ぐラチン回廊上に位置しており、ここが落ちればもうナゴルノ・カラバフは存続できなくなるわけですから、アゼルバイジャンとしてはもう一押しで憎き「ナゴルノ・カラバフ共和国」をその存在ごと抹殺できるという局面です。
 他方、第101号と第107号で述べたように、南カフカス全体をロシアの勢力圏下に置くというロシアの戦略からすると、アゼルバイジャンが完全勝利を収めてパワーバランスが極端に変わるのも困るでしょうし、特にカラバフをそっくり奪われたアルメニアが「じゃあもうロシアに頼ることねえや」などと言いだすとさらに困るでしょう。
 というわけでロシアとしては、アゼルバイジャンの勝利気分を害することもなく、尚且つナゴルノ・カラバフ共和国が消滅もしない、というギリギリの落とし所を見出す必要があったのだと思われます。それが「シュシャが落ちてナゴルノ・カラバフの生命線をアゼルバイジャンが握ったが、首都ステパナケルトはまだ落ちていない」という11月9日時点での情勢だったのでしょう。

 もちろん、前述のようにアゼルバイジャンとしてはロシアの停戦案を飲む積極的なメリットはないわけですし、それ以前にもロシアが仲介した停戦は2回とも即時に破られていました。これは旧ソ連圏におけるロシアのメンツを潰すもでもある、ということで持ち出されてきたのが「この辺でやめないとロシア軍が来るよ」というプーチンのメッセージであったと思われます。

 結局、アルメニアとアゼルバイジャンはロシアの停戦案を受け入れ、モスクワ時間11月10日午前0時を以て停戦が発効したわけですが、この前後には興味深い出来事が2つ起きています。
 その第一は、ロシア軍のMi-24 ヘリコプターがアゼルバイジャン軍の地対空ミサイルによって撃墜され、ロシア軍人2人が死亡、1人が負傷した件(11月9日18時39分頃)です。以下のテレグラムチャンネルにはその当時の模様を写したビデオが投稿されています。現場はアルメニア西部のイェラスフという場所ですが、地図を見ると分かる通り、カラバフの戦場からは遠く離れており、アゼルバイジャンの飛地であるナヒチェバンに接しています。

 問題のMi-24は、地上を移動するアルメニア駐留ロシア軍部隊を護衛するために上空警戒に当たっていたということですが(これ自体はロシア軍の標準的な運用法であっておかしいことはない)、アゼルバイジャン側はこの地域でロシア軍のヘリコプターに遭遇したのは初めてである上、暗闇の中を低空で飛んでいたので識別がつかなかったのだとしています。

 いずれにしても、ちょうどロシアから停戦案を突きつけられて「飲まないとロシア軍の介入だよ」と言われている最中にロシア軍人を3人も死傷させてしまったわけですから、アゼルバイジャン側としては真っ青になったでしょう。それだけにアリエフ大統領は、即座に撃墜が自国の責任であると認めて謝罪しています。

 問題は、これが果たして本当に偶発的な事故であったのかどうかです。
 以下のテレグラムチャンネルにはMi-24撃墜の瞬間とされる映像が映っているのですが、これを見ると撃墜の前に地対空ミサイルが発射されるところから始まっています。

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