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第286号(2024年11月25日) 西側製兵器によるロシア領攻撃とロシアの核ドクトリン改訂


【インサイト】西側製兵器によるロシア領攻撃とロシアの核ドクトリン改訂

初のロシア領攻撃に投入されたATACMS

 ウクライナにおいてミサイル攻撃の応酬が激化しています。
 前号で滑り込み言及したように、バイデン政権は先週、米国製長距離兵器(つまりATACMS)によるロシア領への攻撃をついに認めました。これに合わせて英仏のストームシャドウ/スカルプ空中発射巡航ミサイルのロシア領への使用も認められ、これによってウクライナが供与された西側製兵器には基本的に使用制限は無くなったということになります。
「基本的に」というのは、米側が認めたのはクルスク戦線に限っての使用だとされているからです。CNNによれば、米国政府内ではこの件に関してかなりの議論があり、特にATACMSをロシア領内に使用させた場合に「エスカレーション」の可能性があるとの懸念があったとされます。後述するロシア側の反応を考えるに、この懸念は的外れとは言えないでしょう。クルスク限定というのは一種の折衷案だったのだと思われます。

 ただ、実際に今月19日からATACMSが使用され始めてみると、最初のターゲットになったのはブリャンスク州カラチェフのロシア軍第67弾薬庫でした。ウクライナ軍としての優先攻撃目標は引き続き、ロシア軍の火力発揮を制約するための弾薬供給能力であることが窺われます。ちなみにカリャチェフの第67弾薬庫はクルスク州の戦闘地域から150km以上は離れたところにありますから、「クルスク戦線に限って」という制限にはある程度の幅があることもわかります。

 さらに20日、今度は英国製のストームシャドウ空中発射巡航ミサイルがロシア領に向けて初めて使用されました。信頼の置けそうなメディアは詳細を伝えていませんが、ゴシップ的に北朝鮮軍の将軍が負傷したという話もあります。少なくとも英国側はこれを北朝鮮のクルスク戦線派遣に対する報復と位置付けているようです。

割れる欧州の対応

 23日には、フランスのバロ外相が自国製のスカルプ-EG空中発射巡航ミサイル(基本的にはストームシャドウと同じもの)をウクライナがロシア領内に使用するのは「自衛の論理の範疇内」との見解をBBCとのインタビューで表明しました。ロシアのエスカレーションを恐れて課されていた長距離攻撃能力の使用制限が一挙に解除の流れとなってきました。

 他方、依然として慎重姿勢を崩していないのがドイツです。ショルツ首相はタウルス巡航ミサイルのウクライナ供与を依然として強く拒んでいるとされ、エネルギー価格の高騰に苦しむドイツとしてはやはり「戦後」を見据えるとことが大きいのかもしれません。

ロシアの核ドクトリン、ついに改訂

 当然、ロシア側の反応は非常に激烈です。
 最も顕著なのは、米国がATACMSの使用許可を出したその日にプーチン大統領が「核抑止の分野における国家政策の基礎」(いわゆる「核ドクトリン」文書)の改訂版に署名したことでしょう。今回はこの内容についてネットリと見ていきます。
 2020年6月に公表された前バージョンと比較すると、まず、第1章「総則」において、「核兵器を専ら抑止の手段とみなす」としていた文章から「専ら」が削除されました。とすると、抑止の手段以外にも核兵器の用途を見出すということになりますが、それが何であるのかは明示されていません。戦術核兵器を戦闘戦略の中に組み込むというふうにも取れますし、戦闘終結を強要するための「エスカレーション抑止(E2DE)型積極核使用戦略も想起されます(同じく第1章内にある「軍事紛争が発生した場合の軍事活動のエスカレーション阻止並びにロシア連邦及び(又は)その同盟国に受入可能な条件での停止を保障する」との文言も引き続き盛り込まれている)。おそらくその両方をシグナルとして発しているのでしょう。
 続く第2章「核抑止の本質」では、以下の3パラグラフが追加されています。

・第9パラグラフ「ロシア連邦は、潜在的敵対国に対して核抑止力を行使する。潜在的敵対国とは、ロシア連邦を潜在的敵対国とみなし、核兵器及び(又は)その他の種類の大量破壊兵器、または通常戦力において重要な戦闘能力を保有する個々の国家および軍事連合(ブロック、同盟)を指す。核抑止力はまた、ロシア連邦に対する侵略の準備と実行のために、領土、領空、領海、およびその支配下にある資源を提供する国に対しても行使される」
・第10パラグラフ「軍事連合(ブロック、同盟)のいずれかの国のロシア連邦及び(又は)その同盟国に対する侵略は、当該連合(ブロック、同盟)全体としての侵略とみなされる」
・第11パラグラフ「核保有国の参加または支援を受けた非核保有国によるロシア連邦及び(又は)その同盟国に対する侵略は、それらの国々による共同攻撃とみなされる」

幅が広がった「軍事的危険性」の規定

 さらに第2章では、ロシアに対する軍事的危険性の定義も変更されました。2020年版の規定は次のとおりです。

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