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第147号(2021年10月4日)ロシア軍のオホーツク防衛戦略と日本

【インサイト】ロシア軍のオホーツク防衛戦略から日本の防衛体制を考える

 9月29日付の『イズヴェスチヤ』紙に、ロシア軍が新しいエアクッション型揚陸艇の開発を検討しているという記事が掲載されました。

 記事によると、その搭載量60-70トン。戦車や装甲兵員輸送車だけでなくイスカンデル-M作戦・戦術ロケットシステム、バール短距離地対艦ミサイル、バスチョン長距離地対艦ミサイルなどを搭載可能であるとされています。
 現在、ロシア軍が運用している12322型エアクッション型揚陸艇(ズーブル級)が最大搭載量150トンとされているのに比べるとかなり小ぶりで、どちらかというと米海軍のLCACより一回り大きい、というイメージに近そうです。

ズーブルというのはこんなやつです(サンクトペテルブルクにて筆者撮影)

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 さて、問題は、ロシアがこういう装備をどこで何のために運用するかです。現在、12322型のうちで現役に残っているのは2隻だけで、いずれもバルト艦隊のバルチースク基地(カリーニングラード)配備とされていますから、その付近に小規模な上陸部隊を揚げて前哨拠点を築くような任務が想定されていると思われます。
 したがって、新型エアクッション型揚陸艇がバルト艦隊に配備されてズーブルの後継になるというのが今のところ最もあり得そうなシナリオでしょう。
 一方、軍事専門家のヴィクトル・ムラホフスキーは、この種の装備が千島列島で特に役立つだろうと述べており、なるほどそういう手もあったか、と思い至りました。考えてみると、この種の装備はロシア軍のオホーツク防衛戦略にたしかにうってつけであるからです。そこで以下、この新型エアクッション型揚陸艇を含めたロシア軍のオホーツク防衛戦略について考えてみたいと思います。

「核要塞」の実際
 オホーツク海は、北極のバレンツ海と並んで「核要塞」と呼ばれます。
 どちらも弾道ミサイル原潜(SSBN)のパトロール海域であり、有事の第二撃能力を確実にするために周辺は防空システム、対艦ミサイル、航空部隊、海上部隊で固められている…というのが一般的な理解でしょう。
 ただ、両者の実際は少し違っています。
 バレンツ海をパトロール海域とする北方艦隊はロシア海軍最大の規模を誇り、SSBNは新鋭の955型1隻と近代化改修を受けた667BDRM型(デルタIV型)6隻に上ります(これに加えて955A型を建造中)。それだけに防衛体制はかなり分厚く、原潜部隊の母港があるセヴェロモルスク周辺からその目前に浮かぶノーヴァヤ・ゼムリャー島、さらに北側のフランツ・ヨーゼフ諸島にかけて展開されています。

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バレンツ海の「核要塞」
(出典)House of Commons Defence Committee, On Thin Ice: UK Defence in the Arctic, Twelfth Report of Session 2017–19, p. 14.


 他方、太平洋艦隊のSSBNは955型2隻といい加減にくたびれ倒した667BDR型(デルタIII型)1隻のみと小規模で、将来的に追加配備される955A型と合わせても955/955A型4-5隻というところでしょう。防衛体制もバレンツ海と比べると手薄で、特に中千島から北千島には今のところ部隊が配備されていません。
 また、オホーツク海はそのすぐ近くに米国の強力な海空戦力が前方配備されています。北方領土を含めたオホーツク海南部境界付近は北海道の航空自衛隊によって航空優勢を取られる可能性が高いでしょうし、そうした状況下で三沢やエルメンドルフ(アラスカ)の米空軍、あるいは米空母機動部隊が殴り込んでくると、「要塞」を構成する領域拒否アセットはかなり早い段階で戦力を喪失する可能性が高いでしょう。
 もちろん、これは日米同盟が対ロシア有事において楽に勝てるという意味ではなく、相当の損害は覚悟せざるを得ません。しかし、ペトロパブロフスク・カムチャツキーの原潜基地を吹っ飛ばすとか、オホーツク海の海上・航空優勢を獲得してSSBN狩りをしにいくというのは要するに第三次世界大戦が始まっているということですから、その時点では「相当の損害」を与えるロシアの能力はもはや抑止力にならないと見ておくべきだということです。

「列島線」との類似
 ただ、この状況は日本の南西方面や東南アジア〜グアムに掛けてつまり日米同盟が置かれた状況とかなりよく似ています。
 中国が南シナ海〜フィリピン〜台湾〜沖縄に至る線を「第一列島線」、ニューギニア〜グアム〜日本に至る線を「第二列島線」と位置付けて、その内部において米軍の活動を阻止・妨害するための接近阻止・領域拒否)(A2/AD)戦略を展開していることは有名です。

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中国の「列島線」
(出典)U.S. Department of Defense, Military and Security Developments Involving the People’s Republic of China 2012, p. 40.

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