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第2号(2018年8月31日)ロシアの戦車、なぜ急に減った?

【質問箱】「平成30年度防衛白書でロシアの戦車保有数が急に減ったのは何故ですか?」

●今週の質問
 防衛白書が出ましたがロシアの保管してる戦車が約20000両から10,000両に減ってるようです。これはミリタリーバランスがそんなもんだろうと判断しただけなのかそれとも実際に軍が廃棄したんでしょうか

 ご質問ありがとうございます。
 新しく公開された平成30年度版『防衛白書』についてですね。この128ページを見ると、ロシア軍の保有戦車は現役約2800両、保管状態のものを含めて約1万3000両とされています。
 一方、平成29年度版『防衛白書』では、現役戦車が約2700両、保管状態のものを含めて約2万200両と記述されていたので、たしかに予備保管が大幅に減ったことになります。

 では、予備の戦車は何故急に減少したのでしょうか。
 ご質問でも触れられていますが、『防衛白書』記載の兵力概数等は独自の兵力見積もりではなく、英国際戦略研究所(IISS)が発行する年鑑『ミリタリー・バランス』に依拠しています。
 そこで典拠となった『ミリタリー・バランス』を参照してみると、たしかに2017年度版と2018年度版でロシア陸軍の戦車保有数見積もりに大きな変化が出ていました。以下、抄訳してみます。

2017年度版
現役戦車 2700両(T-72B/BA 1100両、T-72B3 800両、T-80BV/U 350両、T-90/90A 350両)
予備保管戦車 1万7500両(T-55 2800両、T-62 2500両、T-64A/B 2000両、T-72/72A/B 7000両、T-80B/BV/U 3000両、T-90 200両)

2018年度版
現役戦車 2780両(T-72B/BA 1100両、T-72B3 800両、T-72B3mod 80両、T-80BV/U 450両、T-90/90A 350両)
予備保管戦車 1万200両(T-72/72A/B 7000両、T-80B/BV/U 3000両、T-90 200両)

 2017年度版と2018年度版を比べると明らかなように、後者ではT-64以前の戦車が予備保管としてカウントされなくなっています。予備戦車の数が突然激減したのはこれが原因ですが、戦車自体は依然として集積基地にデポされている筈であり、物理的に存在しなくなったわけではありません。
 一方、現役戦車がやや増加しているのは「T-72B3mod」が80両配備されたことによるもののようです。これはT-72Bの近代化改修型であるT-72B3にさらに改修を加えた(というよりも本来のT-72B3に含まれるはずだったが予算上の制約でオミットされたオプションを全て盛り込んだ)T-72B3Mを指すと見られます。T-72B3は2016年から配備が開始されていますが、既存のT-72Bからの改修なので、実際は現役ないし予備保管状態のT-72Bがこの分、減少している筈です。
 しかし、話はここで終わりません。
 第1号の「今週のニュース」で触れたように、ロシアは今秋に東部軍管区大演習「ヴォストーク2018」の実施を予定しており、その準備演習を8月20-25日の日程で実施しました。「ヴォストーク2018」を始めとする軍管区レベルの大演習(ロシア側の区分では戦略指揮参謀演習)は巨大な規模の兵力を動員するので、その準備を兼ねて前もって様々な訓練が実施されます。
 「ヴォストーク2018」は兵力30万人を動員するという1981年以来の巨大演習であるため、準備演習といってもその規模は桁外れで、公式発表では人員26万2000人、戦車約900両、艦船300隻以上、航空機1000機以上、装備品3万1000点が参加したと報じられています(『RIAノーヴォスチ』8月24日)。
 この準備演習はいくつかの訓練の複合体として実施されましたが、今回注目したいのは東部軍管区のブリヤート共和国で実施された物資装備補給(MTO)部隊の特別演習です。特別演習というのはロシア軍の分類では特定の術科部隊(ロシア軍の用語では特別部隊)が参加する演習のことを言い、この場合は兵站を担当するMTO部隊による訓練を指しています。この特別演習には東部軍管区MTO部隊の全力にあたる3万4000人が動員されたとのことです。
 ブリヤート共和国政府の発表によると、このMTO演習では民間人の技術者を予備役として修理・補修連隊に招集し、2個大隊分のT-72及びT-62戦車を現役復帰させて鉄道貨車に積み込む訓練が実施されました。

 つまり、T-62は依然として予備保管戦力としてカウントされていることになります。ロシア陸軍の戦車大隊は定数31両(うち1両は指揮官車)なので、合計62両分(おそらくT-72とT-62を31両ずつ)を現役復帰させたのでしょう。
 ロシアは極東部で演習を行う際、対中国戦争を想定して膨大な予備兵力の動員を行う傾向があります。こうした古典的な巨大戦争では、質もさることながら数が決定的な意義を持つため、T-62を引っ張り出してくる意義は確かにありそうです。また、 この分だと、T-55のような超旧式戦車も「予備の予備」くらいには留まっているのではないでしょうか。
 このように、現役を外れた装備が予備戦力となっているのか、スクラップ待ちなのかを判断するのはなかなか難しいものがあります。
徴兵経験のある知り合いのロシア人は、「軍隊の倉庫に膨大な量のモシン・ナガン小銃が眠っているのを見たことがある」と言っていましたが、軍隊というのは本質的に物持ちがいいのでしょう。
何れにしても、今回のMTO演習では少なくともT-62がまだ予備戦力にとどまっていることが確認されたので、2019年版『ミリタリー・バランス』が予備保管戦車をどのようにカウントするのか、興味深いところです。

●追記
 本稿を書いた後、Twitterで興味深い投稿を目にしました。
 ウクライナの紛争地域であるドンバス地方に近いロシアのヴォルゴグラード付近で、T-62戦車を載せた貨物列車が目撃されたというものです。

 前述のMTO演習で登場したT-62は砲塔前面に追加装甲が装着されたT-62Mであったのに対し、この画像に写っているT-62にはそれが見られないため、おそらく別と思われます。ロシアはこれまでにもT-62をドンバス地方の親露派武装勢力に対する軍事援助として送り込んでおり、これもそうした援助のひとつなのでしょう。
 巨大戦争だけでなく、ドンバス紛争のような低強度紛争でも旧式兵器は威力を発揮します。互いに全面戦争に至らない範囲で展開される局地戦では、旧式戦車であっても貴重な火力ということになるためです。


【今週のニュース】 上海協力機構合同演習「平和使命」等

・上海協力機構(SCO)の合同対テロ演習「平和使命2018」をロシア国内のチュバルクリ演習場で実施(8月22-29日)。ロシア、中国、インド、パキスタン、カザフスタン、タジキスタン、キルギスタンの地上部隊及び航空部隊が参加。

・中露参謀総長を代表とする参謀本部間の会談を実施。ロシアのゲラシモフ参謀総長より「合同演習を含め、両国の国防関係の強化及び深化」について議論するとの発言あり(『ズヴェズダー』8月27日)。

・アルマータ重プラットフォームをベースとして開発された新型戦車T-14と重歩兵戦闘車T-15の第1バッチ計132両をロシア国防省が発注。最初の9両が年内にロシア軍に配備されると発表(TASS、8月22日)。

・「ヴォストーク2018」演習には中央軍管区の全部隊が参加すると同軍管区のラーピン司令官が表明。演習参加兵力は東部軍管区と合わせて約30万人、航空機約1000機となる(TASS、8月29日)。


【NEW BOOKS】Brian Taylor, The Code of Putinism

・Brian Taylor, The Code of Putinism, Oxford University Press, 2018.

 ロシア研究者ブライアン・テイラーの新著が出ました。テイラーと言えばロシアの政軍関係に関する通史Politics and the Russian Army: Civil-Military Relations, 1689-2000 (2003)やState Building in Putin’s Russia: Policing and Coercion after Communism(2011)といった著作がありますが、次第に統制色を強める2012年以降のプーチン体制をテイラーがどのように分析しているのか、楽しみにしています。


【編集後記】グルジアに行ってきます

 この数年、ずっと喉の奥がヌルヌルする症状に悩まされており、いろいろな方法を試しているのですがどうも決定打がありません。加えて関節の痛みが出るようになって、やはり人間も36年ほど運用しているとあちこちにガタが出てくるようです。10月には人間ドックに「入渠」してくる予定ですが、前回指摘された脂肪肝の兆候は多少良くなっているでしょうか。

 ちなみに明日から旧ソ連のグルジアに弾丸出張に行ってくる予定です。
 旧ソ連についてあれこれ書いたり話したりして飯を食っている癖にロシア以外の国には行ったことがなく、これではいかん、旧ソ連15カ国をとりあえず回ろうと思っているとこに出張の話が来たのでありがたく行ってくるつもりでいます。今年は2008年8月に発生したロシアとグルジアの戦争から10年という節目に当たっていますので、現地で見たり聞いたり話したりしながらいろいろと考えてみたいと思います。

 次回第3号は9月7日に配信予定です。その頃には少し過ごしやすくなっているでしょうか。

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