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呼吸

 平日の休み。朝は曇っていたけど、昼過ぎから日差しが出てくる。日焼け止めを適当に塗ったことを少し後悔しながら、花屋までの道を歩く。なんだか猛烈に生きているものをそばに置いておきたくなった。

 その衝動は二日前ほどに生じて、キッカケといえるものも思いつかないくらい急なものだった。部屋に呼吸がほしい。毎日寝て起きてご飯を食べてだらだらと給付金をあてに買った美顔器をあてつつyoutubeを見て、「美意識高め〜」と思いきやチョコをつまんで寝転びどうぶつの森をやるだけの、せまいワンルームに、何か、生きているものを。

 とはいえ、住んでいるマンションはペットが禁止だし、仮にそうじゃなくてもわたしはそういう面倒を見る、ということが死ぬほど苦手だ。小学校の時、ひとりひとりメダカを飼うという理科の授業で、わたしだけがメダカを死なせてしまった。放課後、先生に「メダカください」と言ったら「命をなんだと思っているんだ!」としこたま怒られた。まっとうな教育である。が、幼心に「わたしはとりかえしのつかない事態を起こしてしまった」という事実がおそろしくなって、そこからめっきり苦手になった。実家には、もう高齢になった犬がいるが、そのお世話も基本的には弟が率先してやっていた。(彼は、そういうことが好きなたちでもあった)

 そういうわけで苦手意識がぬぐえず、しかし衝動はおさえきれず走ったのが花屋である。むかしは気まぐれで何かしらを飾っていたが、最近はめっきりそんな余裕もなくなった。

 そういえば(上野動物園がようやく再開したが)、考えれば動物園にも水族館にも植物園にも、このコロナ禍でここ数ヶ月行っていない。すなわち圧倒的にセイブツに触れていない。ゾウにもペンギンにも、シャクナゲの花にも。ああ、 「ただそこに生きているだけ」のものたちを眺めたい。

 あの人がああだ、この人がこうだって噂ばかりして、勝手なものさしでひとのことをはかって評論して、ときに攻撃的になる他人ばかりいる環境は、しみじみと疲れる。そんなの、あなたの人生に重要なことなの?って、言葉をいつも飲み込んでヘラヘラしてる自分にもずんと疲れる。それで大体の休日はなにもできず横になって、読むともなしにSNSを眺めるだけの日になっている。そりゃ感受性だって死にますわ。

 ショッピングモールの地下にある花屋で、ぱっと目についた「夏の花ブーケ」を買った。明るい黄色いガーベラと、レースのような黄色とピンクのスプレーカーネーション。花瓶にかざってから、名前がわからない青色の花がひとつ混じっていたのでアプリで調べる。デルフィニウムというそうだ。彼らがそう名乗っているわけではないのに、世の中のひとつひとつに名前があるのも、ふしぎなもんだ。

 夕方、実家から荷物が届く。凪良ゆうの「流浪の月」がはいっていたので、ぱらぱら読むうちに、78ページまで進んでいた。日が落ちたので夕飯の準備をする。立ち上がって、窓際にある花瓶に目をやる。

 きょうは、ちゃんと呼吸ができている。


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