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コインチェックNEM収受事件の法的問題
はじめに
本記事は、現在最高裁で争われている仮想通貨の盗難関係の事件につき、詳しく知らない人向けに何が問題になっているのかを解説するものです。可能な限り、仮想通貨の難しい技術的な話と法律の話を簡略化しました。
法律の議論を含む裁判の経過はこちらの記事で公開しています。
事件を元に示現舎様が漫画化してくださいました。
コインチェック、ハッキングされる
コインチェック社のNEMハッキング事件をご存知でしょうか。2018年1月の年明け、ビットコイン価格が200万円に到達し、仮想通貨市場がバブルに湧く中、日本の仮想通貨取引所で最大手だったコインチェック社がハッキングされ、同社が管理していた550億円以上相当の仮想通貨NEMが数分のうちに盗まれてしまった事件です。
ハッキング後の経緯
盗まれた仮想通貨NEMは、当初は追跡され、多くの仮想通貨取引所がNEMの受け入れを停止したためにハッカーは即座にNEMを換金することができませんでした。
しばらくすると、ハッカーが運営するとみられるウェブサイトが匿名性の高いTorネットワーク(ダークウェブと呼ばれることもある)に出現しました。そのウェブサイトでは個人投資家に対し、割安でNEMをビットコインで購入するように売買を持ち掛けました。
売られていたNEMは相場より割安で、売買に応じれば確実に利益を上げられることは明白で、ウェブサイトからNEMを購入した個人が多数いました。最終的に、盗まれたNEMはすべてビットコインに交換されました。
ハッカーは、利用しづらいNEMを、ドルや円への両替が容易なビットコインに交換したかったのだと思われます。
仮想通貨取引所にとって、比較的マイナー通貨であるNEMの顧客による入金を中止することは容易でも、ビットコインはメインの仮想通貨ですから入金を止めるわけにはいきません。
日本の警察はブロックチェーンデータからビットコインの流れも追跡したでしょうが、ハッカーの特定、検挙には至っていません。
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警察、検察の理屈
マネーロンダリング罪(犯罪収益等収受の罪)
ハッカー本人を特定、検挙できないのなら、せめてNEMをハッカーから買い取った個人を検挙したいというのは捜査機関が当然考えることでしょう。
NEMのハッキングが起きてから1年半から3年ほどのうち、盗まれたNEMを買い取った日本人の30人超が起訴されました。罪状は組織的犯罪処罰法への違反(犯罪収益等収受)の罪で、重い犯罪によって生じた資金を受け取ることをマネーロンダリング行為として禁止する法律に違反したというものです。
彼らをこの罪で検挙するためには、ハッカーの行為が重い犯罪に該当する必要があります。具体的には、4年以上の懲役や禁固の刑が定められた犯罪に該当する必要があります。
軽い犯罪
調査により、
ハッカーがコインチェック社のサーバーに不正アクセスし、仮想通貨を管理する鍵にあたる情報を入手したこと
コインチェック社の社員にメールでマルウェアを送付したこと
が明らかになりました。
不正アクセスもマルウェア送付も犯罪ですが、これらは法定の懲役刑の長期が3年の比較的軽い犯罪です。
なお、鍵にあたる情報を入手すること自体は違法ではなく、不正アクセス行為が犯罪とされます。
ハッカーがこれらの犯罪をしたことは間違いありませんが、軽い犯罪であるこれらによって生じた資金を受け取ることは違法ではありません。
分かりやすいように他の例を挙げれば、賭博によって稼いだ資金は賭博罪という犯罪により生じた資金に間違いありませんが、賭博罪は比較的軽い犯罪であり、このような資金を受け取ることは禁止されていません。
重い犯罪
550億円ものコインチェック社の資金が失われているのだから、何か重い犯罪が成立しそうなものですが、これが難しいのです。
罪刑法定主義といって、刑法に照らしてそれがどのような犯罪にあたるのかを検討しなければ人を犯罪者扱いすることはできません。
人の財産を奪う行為に対しては、そのやり方に応じて様々な財産罪が刑法で定められています。仮想通貨は新しいタイプの財産であり、これが盗まれる事例は今までありませんでした。
警察は、ハッカーの行為は電子計算機使用詐欺の罪にあたるとして取引に応じた個人の逮捕に踏み切りました。
電子計算機使用詐欺とは
電子計算機使用詐欺とは、コンピュータが人間の経済活動に深くかかわるようになった結果、人に対して行ったならば詐欺罪になるような行為をコンピュータに対して行ったものも処罰可能にすることを目的として、詐欺罪の類型として新しく作られた犯罪です。
例えば、オンラインショッピングで他人名義のクレジットカードを無断で使う行為や、不正アクセスしたオンラインバンキングで他人の口座から別の口座に資金を振り込むような行為が電子計算機使用詐欺にあたります。
これらの行為は詐欺にも窃盗にもあたらず、新しく電子計算機使用詐欺という犯罪を作ってカバーする必要があったのです。
2022年、山口県阿武町が、予定していた463世帯分の10万円の銀行振込を誤って4630万円を1人の町民男性の銀行口座に振り込んでしまい、その男性が資金を返還せず使ってしまった事件が世間を騒がせました。
この男性は、電子計算機使用詐欺で起訴され、「権利を正当に行使する」という情報をオンラインバンキングのシステムに偽って入力したとして第一審で有罪判決が出ています(控訴中)。
電子計算機使用詐欺の法定刑は10年以下の懲役であり、電子計算機使用詐欺の罪によって生じた資金を受け取ることはマネーロンダリングとして先に述べた組織的犯罪処罰法違反の罪にあたります。
本事件では、本来の利用者であるコインチェックではなくてハッカーがシステムに情報を入力してNEMを移転させたことで電子計算機使用詐欺が成立すると検察は主張しています。
電子計算機使用詐欺の適用はおかしい
仮想通貨は、従来の銀行預金システムの手数料が高く、自由ではないことへの問題意識から造られました。インターネット上で、金庫の鍵を使って仮想の現金を管理するようなシステムです。
仮想通貨は銀行預金システムとは根本的に異なり、口座名義人のようなものは想定されていません。現金に所有者の名前が書いていないのと同様です。
NEMのハッキングで起こったことを、仮想通貨の複雑な仕組みを簡単な表現にして説明します。
NEMが盗まれたのは、コインチェック社が金庫で現金を保管していたところ、ハッカーによって盗まれた鍵で金庫を開けられ、現金が持ち去られたようなものです。金庫に相当するものがNEMのシステムです。
本物の現金であれば窃盗になる行為ですが、仮想通貨は現金のような性質を持ちながら、有体物ではないために窃盗罪で罰することができません。
電子計算機使用詐欺罪は、人に対して行ったなら詐欺罪になるような行為をコンピュータに対して行う場合に適用されるものです。検察は、金庫に相当するNEMのシステムに対してハッカーが詐欺を行ったと主張しているのです。
金庫は鍵を持っていれば誰でも開けられるのが当然かつ正常な動作であり、鍵の利用者が変わったからといって金庫が開かないということがあってはいけません。ですから、その鍵が盗まれたものだったとしても、金庫に対する「詐欺」として扱うのはおかしいのです。
捜査機関も同じことをやっている
2021年、ソニー生命株式会社の社員(Xとします)が、ソニー生命株式会社の子会社の資金を150億円以上横領してビットコインにしてしまった事件がありました。
Xは横領した資金を銀行預金などにせず、ビットコインにすることで差押えを逃れようとしていました。
警視庁がXの自宅の捜索を行い、押収された電子機器類を国内捜査機関とFBIと協力して解析した結果、XのビットコインはFBIによって差押えられ、没収されました。
XのビットコインがFBIによって差し押さえられたのは、本来の利用者でない者が仮想通貨を動かすものであり、NEMの事件の警察や検察によればそれは電子計算機使用詐欺の犯罪にあたるはずでした。
ハッカーがコインチェック社のNEMに対して行ったことを、国内捜査機関とFBIが協力してXのビットコインに対して行っています。国内捜査機関は犯罪行為の共犯としてXのビットコインを奪ったことになります。
日本の法律では、仮想通貨の差押え、没収をすることは禁止されています。憲法29条により財産権が保証されており、法律の定めがなければ公的機関は個人の財産を侵害することはできません。
元々はX自身のものではないとしても、ビットコインはひとまずXに属する財産であり、法律で許可されていないのに捜査機関がそれを処分してしまうことは違法なのです。
家宅捜索、差押えという被疑者の権利の制限、本来ならば住居侵入や強盗の犯罪になってしまう行為が警察や検察に許されているのは、それが刑事事件の捜査に必要だからです。Xのビットコインは確かに犯罪に関連していますが、現金と異なり、Xのビットコインの記録はブロックチェーンに残り、証拠隠滅は不可能なのですから、それをビットコインのシステム上移転してしまうことは明確に捜査に必要な処分ではなく、法律や令状で許可された行為ではありません。
他人の仮想通貨を動かす行為につき、警察検察がNEMの事件で電子計算機使用詐欺を適用して国民を逮捕起訴しておきながら、一方では同じ犯罪を自分達が行うというのは決して許されることではありません。
警察検察はNEMのハッカーに対しての電子計算機使用詐欺の適用が誤りだったと認めるか、自分達も電子計算機使用詐欺罪の被告人となって裁判を受けるか、どちらかを選ぶべきでしょう。
裁判所の判断
現時点で、筆者の知る限り逮捕、起訴された人の裁判ではほぼ全てで有罪の判決、決定が出されています。
どの裁判でも、裁判所は難解な仮想通貨のシステムを正確に理解しきることができなかったのではないでしょうか。
これまで仮想通貨を利用したことのない弁護人が、システムを理解した上でその仕組みを裁判所に説明するのは大変難しいことだと推察されます。
一方の検察官は、敢えて仮想通貨の仕組みを詳細に説明するということをしません。裁判所が仕組みを正確に把握しないまま、古い金融システムの常識を適用してそのまま有罪判決を出してくれるほうが検察官としては都合が良いのです。
裁判所の誤った理解、不合理な判断は、冒頭のリンク先の記事で紹介してあります。どのような結論であれ、仮想通貨のシステムを誤解したままに裁判の結論が下されるということは正義に反することです。
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