母は料理が出来ない

「かのこさんは家事が“嫌い”だよね。」
ふと、そう言われて、確かに。と思う。
出来るか出来ないかで言ったら、出来る。
得意か不得意かで言ったら、得意。
こと料理に関してに限れば、仕事に出来るレベルではあるし、実際、お店の厨房に立っていたこともある。

しかし、私は、料理をはじめとする家事の一切が嫌いだ。
なので、極限まで手を抜いている。
やらなくていいのなら一生やりたくないと思っているし、機械化出来るorお金を出して外注出来るなら外注したいと思っている。
(専業主婦の存在意義とは……?)

母は料理が出来ない人だった。
そのうえ、専業主婦なのに家事全般があまり得意ではなかった。
(専業主婦とは……?)
私は母の手料理を殆ど食べたことが無いと思う。
料理と呼べない何かを食べさせられたことはある。
当家では伝説となった“衣の無いコロッケ”や“殆どお吸い物にしか見えない自称生姜焼き”“皮の無いワンタン(ワンタンとは……?)”など、料理とは呼べない何かを。

家事を手伝うどころか、結婚するまで、台所にすら立ったことが無かった母。
父と生活を供にし始めたその日、彼女は初めて台所に立った。
料理は出来なくても、ご飯くらいは炊けるだろうと。
炊飯器に洗ったお米と水をセットするだけだし。
そして、彼女は米をボウルに計り取り、水を入れて洗剤でその米を洗った。
水を換え、濯いでも濯いでも、泡の切れない米。
そのうちに痺れを切らした母は、その泡にまみれた米を洗濯ネットに入れて、濯ぎと脱水をした。
「食べ物を粗末にしてはいけないと思ったのよ。」
そう語る母は真剣そのものだった。

いや、待って。
お米って乾物だからね?最初の水分はしっかり吸うからね?

米を洗剤で洗う。
伝説だと思っていた。
もしくはジョークの定番か何かだと。
実際にそんな人がいるだなんて考えたこともなかった。
それがまさか、自分の実の母で、洗剤で洗うどころか、洗濯機で洗ったなんて。米を。嘘でしょ……。

父曰く、洗濯機で回るお米は見たけれど、そのお米を食べたかどうかは記憶にないらしい。
「別に出来ないものを無理にやることないですよ」と、調理師免許を持つ父は、母を台所から遠ざけ、母の代わりに私に料理を教えてくれた。

きっと、母に似たのだと思う。
全然、喜ばしくないことだが、母に似たのだ。
彼女と私が異なるとすれば、幼い頃から躾として家事全般と調理を仕込まれた私と、幼い頃から躾として手を汚さずに育った母の違いなのだ。

母は料理が出来ない人だった。
こう書くと何やら誤解を生みそうだが、今も母は健在だ。
最近になって、インスタント程度の料理はするようになった。
「最近のインスタントって凄いよね。パッケージの通りにやれば簡単に何でも作れて。」
母は笑う。
(今も一緒に暮らしている弟に言わせると「素を使ってるのにあの出来栄えじゃメーカーが可哀想」なレベルらしいけど。それは母には黙っておく。)


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