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小説『偶然でも運命でもない』 44話:青春を取り戻せ


「大河くんのお母さんって、どんな人?」
「うーん…。ふつー。ふつーの母親だと思う。少し痩せてる。料理と編み物が趣味。」
質問の意図を汲み取れず、返答に困って“普通”と答えると、響子は少し苦笑した。
「お父さんは?」
「……仕事が好きで、スーツよりも作業着の方が似合う。」
「なるほど。大河くんはお父さんに似たんだね。」
「似てないよ。俺、母親似。親父、チビ・デブ・ハゲで役満だもん。」
彼女は、ちらりと俺の足元を見て、それからまた俺の顔を見上げる。
「見た目じゃなくて、お父さんの仕事好きってところ。大河くん、勉強好きでしょ。」
「あー。まあ、嫌いな教科もあるけど。調べるのとか好きだし。」
実際、見た目は母に良く似ていると思う。自覚はないが、性格はきっと父譲りなのだろう。
勤勉で家族思いの父だが、あの見た目で、母の心をどうやって射止めたのか、不思議に思うことも多い。
--大河は、いいとこどりして生まれたんだな。--と、叔父は笑うが、父に似なくて良かったと結構本気で思っている。
響子さんの家族は、どんなだろうか?
「響子さんは?」
「んー。お母さんはよくわかんない。」
「よくわかんない?」
「嫌い過ぎてもう、15年くらい会ってない。」
想定外の返答に、戸惑ってその横顔を見る。
彼女はまっすぐに遠くを見ていた。
いつもの笑顔でも、不満に膨れた表情でもなく、ただただ無表情で遠くを見ている。
「……う、うん。……親父さんは?」
大河の問いに響子は表情を緩める。
「お父さん?勝手だよ。身勝手過ぎてさ、こっちも10年くらい会ってない。」
「えっ!?」
「どこにいるのか、わからないんだよねぇ。連絡はたまに来るから、元気なんだろうけど。」
いつもの柔らかな口調で。それでも、どうでも良さそうに言い放った響子に、失礼なことだとは思いつつ驚きを隠せなかった。
「……それでいいの?」
「何が?」
「……や、よくわかんないけど。家族って、それでいいのかな?って。」
「別に。困ってないし。みんな大人なんだから、自分の面倒は自分で見るでしょ。」
「寂しくない?」
「全然。清々してる。……私は、あんな風にはならない。」
「うん。」
思わず口をついて出た疑問に、響子はしっかりとした口調で、あんな風にはならない、と笑った。
「ちゃんと社会人して、自分のことも大事にして。他人には求めない。もちろん、家族にも。自分以外の誰かが、自分の思い通りになるなんて、思わない。」
その決意が、彼女の優しさや自由さの理由の全てなのだ。
ふと、だからいつでも彼女は自分の機嫌を自分でとっているのだと気付いた。
なるべく、楽しく快適に、誰よりも自分が納得出来るように。
きっとそれは、そうならない期間があったからなのだろう。
「……響子さんのお母さんは、求める人だったんだね。」
「うん。だから、家を出るまで窮屈だった。」
「うん。良かった。響子さんが自由になれて。」
「あのね。……夢をみたの。高校生の頃の夢。夢じゃなくて、辛かった記憶かな。」
「うん。」
「起きたら、大河くんを思い出したの。……私ね、大河くんがちょっと羨ましかった。」
「何で?」
「親元を離れて好きなように勉強して、やりたいことやって。自分で決めた進路に向かっていくのが、羨ましいなって。」
「うん。」
「目標なんてないのに。他人の決めた道を怒られながら進んで。失敗したら自分のせいで、上手く出来てもそれが当然で。」
「うん。」
足元を見るように俯いて、ゆっくりと膨らんで静かに溢れ落ちる彼女の感情。
「勝手に期待されて、でも出来なくて。すごく嫌だった。……今は、自由だけど。もっと早く、逃げればよかった。」
「うん。」
掛ける言葉は見つからない。
ただ、抱きしめたい、と思った。
出来るなら。中高生の頃の響子さんに“大丈夫だよ”と伝えたい。
“逃げても大丈夫。何も心配いらないよ。響子さんは自由がよく似合うんだ。だから、笑ってよ。”
手を伸ばして彼女の髪にそっと触れる。
手のひらで頭を包むように撫でると、響子がこちらを見上げた。
見た事もない制服を着た幼さの残る響子の姿が、スーツの彼女に重なる。
その顔を直視出来なくて視線を逸らす。
「ごめん。」
小さく一言、謝ってから、その肩を抱き寄せた。
背中に手を回して、ぎゅっと腕に力を入れる。
俺が悲しい気持ちになったところで、響子さんが救われるわけじゃないけど。
響子も大河の背中に手を回して、そっとトントンと背中を撫でるような仕草を返してくる。
「ありがとう。大丈夫だよ、私は。」
「……それなら、いいんだけど。」
身体を離すと、響子は大河を見上げて口元だけで微笑む。
「大河くんが泣くことないでしょ。」
「……泣いてないし。」
手の甲で目元を拭うと、顔を上げる。ホームの案内表示を大袈裟に見上げて、瞬きを繰り返すと、滲んだ視界はすぐにもとに戻った。
「ねえ、たこ焼き食べに行こう?ハンバーガーでもいい。」
明るい口調の響子の声。振り返るといつもの響子がそこにいる。
「今から?」
「うん。今から。……私ね、高校生の頃、学校帰りに友達と買い食いするとか、夢だったの。」
「それ、断れないヤツじゃん。」
「いいでしょ?鈴木響子の青春を取り戻すの。」
ケラケラと楽しそうに響子が笑うのを見て、大河もつられて笑った。

【青春を取り戻せ】

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