師走のイルミネーション

2013年12月28日の日記



ヤン・ヨーステン旧宅付近から織田有楽斎旧宅付近まで、現代の鉄道の約1駅分の距離を移動すると、そこは元南町奉行所跡で、きらびやかな電飾に満ち溢れていた。
旧跡など、はっきりした場所がわかる時は、想像を逞しくしてその時代まで遡って透視し、風景や風俗を夢想したりと独り遊びをするのだが、これほどどぎつい色彩が夜に散りばめられていると、そんな脳内の遊びも成立しない。
それほどド派手な装飾だった。

今日12月28日は、多くの人たちの御用納めの日。
だからなのか、足早に帰宅を急ぐ人の数はそれほど目立たない。

まだ電気のない江戸時代は、月明りを除けば、照明は提灯のロウソクか行燈の菜種油くらいなもので、往来を向かって来る人の顔もほとんど判別がつかなかったはず。
いくら華といっても江戸は火事多発の町だったから、篝火などは制限されていただろうし、日常の町中はほぼ暗闇同然と考えていい。
江戸で一番明るかったとされる吉原も、しょせんは提灯を軒下に数多く吊るした程度だったから、おおよその見当はつく。

現在のみゆき通りは、徳川歴代将軍が浜離宮を往復するための、いわばメインストリートだった。
明治の御世になると「御幸通り」と漢字表記に改まり、その名が表すように、明治天皇と昭憲皇太后が浜離宮への行幸に利用した由緒ある通りで、沿道の店舗も格式のある店が多かった。
帝国ホテル横から泰明小学校前を通り、新橋演舞場までの1本道である。
それが晴海通りに主役の座を交替し、現在はその1本西の5丁目の「道」ということになった。
昭和12年のことである。
これは祖母に教えてもらった。

私自身の思い出は、東京オリンピックが開催された1964年頃のことで、「みゆき族」なる若者が出現した通り、との印象が濃い。
通りにはVANの店舗があったことから、アイビールックなるカジュアルファッションが流行し、恥ずかしながら私も追従した。
ただし、彼ら彼女らのように、軟派には徹し切れなかった。

銀座通りから4丁目方向を見る。
断片的ながら、亡き祖母の話が思い出される。

今では和光や三愛、そして三越が4丁目交差点のシンボル的建物だが、明治10年を過ぎた頃は、この四つ角すべての建物に新聞社が入っていたらしい。
和光の前身には朝野新聞、三越は中央新聞、三愛は東京曙新聞、そして日産は毎日新聞という塩梅。
(だいぶ後のことだが、祖母は銀4を『尾張町の四つ角』と呼んでいた)
他にもこの一帯には1丁目に読売、有楽町駅を挟んで朝日と毎日があったことは、私も記憶している。
明治から昭和にかけて、銀座周辺は大衆メディア発信の要の地となった。

もっとも、三愛は、元はキリンビールで、日産は旧ライオンだったと聞いた。
私が知っている古い4丁目付近は、森永のネオンと、銀座通りを走る1系統、4系統などの都電、そして傷痍軍人たちだった。
正確にいうと「戦傷病者」で、あまねく国のために心身を捧げたものの、その補償は当時の階級によって大きく差がつけられていた期間もあったという。
日本傷痍軍人会も、会員の高齢化により、結成から60年を経た先月末に解散したとの報道を見たばかりだ。
「戦後は終わった」と記された経済白書が発表されたのが、終戦から11年経った昭和31年。
早々と終わった「戦後」もあれば、日本傷痍軍人会に限らず、未だに継続している「戦後」もある。

銀座はかつて「島」だった。
東西南北でいえば、三十間堀川、外堀、汐留川、京橋川に囲まれた範囲をいう。
やがて戦災の瓦礫で埋められた三十間堀川によって「陸続き」になったが、歌舞伎座のある木挽町が編入されると、今度は築地川によって、再び「島」になった。

余談だが、最近は「銀ブラ」の語源が、パウリスタでブラジルコーヒーを飲むことと、まことしやかに語られるようだ。
「銀ブラ」は大正時代の造語であって、あくまで銀座をブラブラ歩くことから人口に膾炙されるようになった。

そしてもうひとつ。
いわゆる「江戸前」の範囲を広範囲に指す風潮があるが、本来の江戸前とは、鉄砲洲から築地近辺の大川(隅田川)河口付近で獲れた魚介類をいう。
特にウナギはよく獲れたようで、昔から銀座にはウナギを食べさせる名店が多かった。
5丁目の竹葉亭などは、その最たる店だろう。
江戸前が品川から芝浦付近まで広がり、かろうじて江戸前の定義が確定した。
だから、そのエリア外は、正確には「なんちゃって江戸前」ということにすれば明快かつ痛快だ。

祖母に訊いたことがある。
「生まれてから、文明の進歩で一番驚いたことは何?」
「テレビが出たときは、本当に驚いたよ」
照明で夜が明るくなったこと、と19世紀生まれならではの答えを予想していたのだが、案外当り前の返事だった。
それでも、祖母が知っている有楽町や銀座が、これほどきらびやかに飾られているのを見れば、必ず目を丸くするだろう。

私は目を三角にしてイルミネーションを眺めている。

アイビーのつもり。


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