幕末太陽傳(1957)

『幕末太陽傳』とは


ときは幕末、文久2年。

北の吉原に双璧をなした、南の品川

品川宿の相模屋で、佐平次という男が仲間と飲み倒し、勘定を請け負うが、この男、一文無しだった。

遊郭から帰れずに、「居残り」する主人公だが、遊郭での手際の良さが評価され、「いのさん」「いのどの」と呼ばれ、親しまれるように。

喧嘩をおさめ、しつこい客を撃退し、遊女の証文を請け負ったり、駆け落ちを手伝ったりと大忙し。

うまく周りに溶け込んで、駄賃を稼いでいく。

激動の幕末を95年後に描いた、令和時代にも楽しめる昭和時代の幕末コメディ


『幕末太陽傳』の魅力①


この映画の魅力は、複数の落語がひとつの映画に集約していることである。

・主人公・佐平次の素性は、「居残り佐平次」そのものである。

(遊郭では代金が払えない場合、同伴者や家族により代金が支払われるまで、軟禁された)

・拾い物の時計をアテにしていた佐平次は、「芝浜」同様、支払いができなくなる。

(拾った財布をアテに飲み酔っ払ったあとに、財布の無いことに気づいた男は、一生懸命働くようになった)

・ひとりの遊女から起請文(年期あけに客との結婚を約束する証文)を受け取った親子が揉めているところに、遊郭で働く佐平次が自分も起請文をもらっていたとうそぶき、「三枚起請」の状況を作り出している。

(遊女は客をとるため、嘘も方便と起請文をばらまいていた。起請文の約束を破ると熊野のカラスが三羽死ぬとされた)

以上は、映画全体に関わる元ネタだが、その他にもたくさん落語の作品が小ネタとして組み込まれている。


映画監督のジョージ・ルーカスは、『スター・ウォーズ』を作るにあたり、古今東西の物語を読んだという。

小説家の夢枕獏もまた、『陰陽師』を書くに際し、『今昔物語集』『宇治拾遺物語』を片っ端から読んで、安倍晴明の相棒・源博雅をみつけた。

物語の創作は、多くの作品に触れることによってなされるのかもしれない。

『幕末太陽傳』の魅力②


本作には、石原裕次郎が高杉晋作役として出てくる。

いかんせん、主人公の佐平次が強烈なキャラクターの持ち主なので、往年の大スターが演じて尚、シリアスな雰囲気を感じてしまうのだが、存在感は大きい。

作中、何度も、次の都々逸が出てくる。

三千世界の鴉を殺し ぬしと朝寝がしてみたい

これは、中国の伝記小説・遊仙窟に起源をもつのだが、高杉晋作が品川遊郭・土蔵相模で作ったとされる。

(作中の遊郭が「相模屋」になっているのは、ここからきたのだろう)

先の「三枚起請」の落語のオチになるのがこの都々逸で、

カラスが鳴いたら帰らなければならない。
それなら世界中のカラスを殺してお前とゆっくり朝を迎えたいものだ。

という、遊女への高杉晋作の気持ちを表した恋の歌なのである。

この気持ちは現代人にも共感するところがある。

(※筆者は遊郭へ通っておりません、あしからずご了承ください)


『幕末太陽傳』の魅力③


歴史の授業をうけても、本当にそんな時代が存在したのかと感じることがある。

でも100年前くらいは、なんとなくあったのだろうと感じられる。

100歳の人と話したら、この人は1世紀前に生まれたのだと、急に現実味を帯びてくる。


この映画の作られた1957年は、存在するかどうかの感覚として身近だ。

当時の製作者にとっては、95年前の幕末を舞台にして映画を作っている。

そうすると、今まで存在の感覚が曖昧だった幕末という昔が、実体を持った時代として、存在を感じられるようになってきた。


つまり、わたしはこの映画の写真に、幕末の景色をみたと思っている。

当時の髪型、お歯黒、着物の着付けや、薪の割り方、風呂の入り方や、当時の遊郭、部屋の様子、街の賑わい、海岸線の景色・・・

昭和時代に江戸時代の作品を作ったわけなので、かなりの時代考証が必要である。

しかし、昔とはいえ95年前なのでかなり綿密な時代考証がなされているはずである。

(現に、時代考証の質が高いとの評判がついている模様)

だからこそ、幕末をかなり身近に感じさせてくれる作品足り得るのだと考える。


『幕末太陽傳』の楽しみ方


まとめると、『幕末太陽傳』は、

落語作品の見本市

高杉晋作の都々逸がポイント

幕末の暮らしがわかる

令和時代にも楽しめる昭和時代の幕末コメディといえる。


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