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【映画感想】『ノマドランド』一生外さない左手薬指の指輪とピアス

人生の後半戦をどう生きるか。見終わった後、我が身の来し方行く末に思いめぐらさずにはいられない、中高年の心に一石(いっせき)投じる映画。

冒頭、寒風吹きすさぶ中、ファーン(フランシス•マクドーマンド)の皺枯れた横顔が写る。
耳には小さな輪のピアス、肌と一体化したような薬指の指輪が映る。
古いデニムに顔を押し当て咽び泣く様子から、伴侶がすでに先立つことが分かる。これが寂しい旅立ちということも。

ファーンの住まいはかつてはアメリカ、かつてジプサム採掘で賑わった街エンパイア。閉山とともに町も閉鎖され、今は廃屋が並ぶ。ファーンはオンボロのバンにわずかな愛用品を乗せて街を出る。

ちなみに、ジプサムは和名は「石膏(せっこう)」。石業界にジプサムはとてもなじみ深い石ですね、宝石の硬さを示す「モース硬度」の中で、硬度2の石がジプサムです。

ファーンはカスタマイズしたバンで寝起きし、街を渡り歩くノマド(遊牧民)として生きる。時にAmazonの倉庫で、時にレストランで、期間限定の仕事を得て生活費を稼ぐ。

前半はとにかく灰色だ。バンでの寝起きは寒くてわびしい。果てしなく自由だが、高齢者の車上生活は厳しいのだ。

それが、クォーツサイト(地名!アリゾナ州にあるそう)でノマドの集いにたどり着いてからは、色が出てくる。昇る朝日、薄雲がかかる青空、焚き火。自然と調和し、経済活動の歯車から外れ、旅を愛するという生き方にファーンも惹かれて行く。

Searchlight Pictures公式サイトより

人生に必要なものがどんどんそぎ落とされていく。川に裸身を浸し、星空を降り仰ぎ、森のこだまに耳を澄ます。旅の途中で出会い、別れる「遊牧の人(ノマド)」の間に「さよなら」はない。かける言葉は「またどこかで」。

この映画は随所に「石」が登場し、物語に重みを添える(石だけに)。
フェーンが石フェスでアルバイトをすることになったり、奇岩の迷路で途方に暮れたり。
ノマドの大先輩(女性)はガラスのケースに納めた、思い出の石コレクション(ジャスパー(碧玉)やヤシの化石とか)を取り出す。
自身が末期のがんだと打ち明け
「死んだら焚き火に石を投げ入れてわたしを偲んで」
そうして彼女はバンでアラスカへ向かう。

旅の途中、ファーンは若干気が合いそうな奇岩マニアのおじいと出会う。プチデート(ワニを見に行く)も楽し気、
「(自分の家に)遊びに来たらともっと面白い石を見せるよ!」
おじいはファーンにラブレターを残す(石にメモを輪ゴムで留めたラブレター。おじい、どこまで石なんだ、、)

Searchlight Pictures公式サイトより

おじいは(実家の)離れ家で暮らしたらとファーンを誘う。心を揺らすが、、けっきょく楽な道は捨て置いて、人生の責任を手放さない生き方を選ぶ。

この世は旅の途中、耳のピアスと薬指の指輪が常にその旅に寄りそう。
ファーンは決して外さない。
「指輪は輪っかよね。終わりがない。愛も同じ、終わらないの」
ファーンの気持ちを後押しするように、ノマド仲間が力強く言い切る。

そう、そんな一生手放さない思い出とジュエリーを相棒に旅路を行くファーンは、「孤高」であっても「孤独」ではない。一本道をバンで走り続けるファーンの勇敢さに拍手を贈りたい。

Searchlight Pictures公式サイトより


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